日本骨代謝学会

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TOP > 1st Author > 岡崎 亮

Vitamin D insufficiency defined by serum 25-hydroxyvitamin D and parathyroid hormone before and after oral vitamin D3 load in Japanese subjects.

著者:Ryo Okazaki,Toshitsugu Sugimoto,Hiroshi Kaji,Yoshio Fujii,Masataka Shiraki,Daisuke Inoue,Itsuro Endo,Toshio Okano,Takako Hirota,Issei Kurahashi,Toshio Matsumoto
雑誌:J Bone Miner Metab (2011) 29:103–110
  • ビタミンD
  • ビタミンD欠乏・不足
  • PTH

論文サマリー

 ビタミンDの充足(sufficiency)は、健常な骨代謝の維持に必須であり、骨粗鬆症をはじめとした代謝性骨疾患治療の前提とされている。生体のビタミンD充足度は、血清25(OH)D濃度に反映されるが、ビタミンD充足・非充足を規定する血清25(OH)D値に関しては、本研究実施時から現在に至るまで、国際的にも議論が続いている。一方、日本においては、ビタミンD充足度判定に必須な血清25(OH)D値測定に保険適用がなく、十分な知見に乏しかった。そこで、日本人におけるビタミンD充足と非充足=不足insufficiency)の閾値を規定する血清25(OH)D濃度を探索し、血清25(OH)D濃度測定の保険適用を目指して本臨床研究は実施された。

 ビタミンD非充足のうち、重症でくる病・骨軟化症や低Ca血症の原因となる状態をビタミンD欠乏(deficiency)と呼び、従来は、血清25(OH)D濃度10-15 ng/ml未満をビタミンD欠乏とすることが多かった。一方、これらの病態は来さないが、二次性副甲状腺機能亢進症・骨密度の低下・骨折リスクの上昇などとは関連する比較的軽いビタミンD非充足状態を2000年頃からビタミンD不足と呼ぶようになった。そして、本研究に着手した2008年当時の欧米では、血清25(OH)D濃度 32 ng/ml [80 nmol/L]をビタミンD充足・不足の閾値とすることで、統一見解が得られつつあった。[その後2011年にアメリカ政府諮問機関Institute of Medicine(IOM)は、血清25(OH)D濃度 20 ng/mlを閾値と答申し、それに呼応するように米国内分泌学会や国際骨粗鬆症財団は骨粗鬆症患者などにおいては血清25(OH)D濃度 30 ng/mlは必要とするガイドラインを発表、2014年夏時点で未だに論議が続いている。]

 血清25(OH)D濃度 32 ng/mlが閾値となった経緯は、当時、もっとも多くの検討成績があった25(OH)DとPTHの関係の解析からである。一般に、大人数の横断成績で血清25(OH)DとPTH値は、負の相関を示すが、血清25(OH)D値が一定以上になるとPTH値はほぼ水平になる。個々の研究におけるこの様な変曲点の分布は、血清25 (OH)D濃度20〜44 ng/mlで、その中央値であり多くの研究における変曲点が集中する32 ng/ml辺りが妥当とされたようである。骨密度や骨折リスクとの関連を示す検討は、当時まだ数が少なかった。

 私たちは、ビタミンDが充足している場合にはビタミンD補充により更に血清25 (OH)D値を上昇させてもPTHは低下しないはずであるとの仮説をたて、(天然型)ビタミンD3負荷前後の血清25(OH)DとPTHの関係を解析することにより、日本人におけるビタミンD非充足・充足の閾値を探索することにした。ビタミンD負荷に対するPTHの反応については、小規模で限定的な先行研究が1998年にLancetのletterに報告されているのみであった。

 95人の日本人に、ビタミンD3を800-1200単位/日×4-8週間負荷し、その前後の指標を解析した。集団全体として血清25(OH)D値は16.2 ng/mlから27.3 mg/dlに有意に上昇、それに伴いPTHは44.7 pg/mlから39.7 pg/mlに有意に低下した。すなわち、この集団は全体としてビタミンD不足であった。様々な統計的解析をすると、理論的には血清25(OH)D値が28 ng/mlではビタミンD負荷によってもPTHが低下しないという結論になった。本研究の対象で、ビタミンD負荷前の血清25(OH)D値が28ng/ml以上の対象は3名足らずであったが、私たちは、他の日本人集団においても、血清25(OH)D 28 ng/ml以上でPTHが高値を示すことが少ないことなどを確認していたことから、この結果には十分信頼性があると考え、血清25(OH)D値28ng/mlを日本人におけるビタミンD不足の閾値として報告した。

著者コメント

 先に記したように、ビタミンD充足を規定する血清25(OH)D閾値については、20 ng/ml派と30 ng/ml派の間で、未だに論戦が続いている。個人的には、この論争の最大の問題は、数字を公衆衛生的に考えるかどうかかだと思う。IOM答申が示したように、血清25(OH)D濃度が20 ng/mlあれば、97.5%の一般人の骨の健康は保たれるであろう。しかし、残りの2.5%はどうなのか?臨床医学の対象は健康人ではない。たとえば骨粗鬆症の患者さんにおいて、それで十分かどうか?サプリメントなどで、血清25 (OH)D濃度を30 ng/ml程度にすることは、私たちの検討でも示されたように比較的容易である。そして、血清25 (OH)D濃度を30 ng/ml程度にすることで予想される健康被害はほとんどない。ならば、骨の健康に対する潜在的マイナス要因は除去すべき、と臨床家なら考えるのではないか?
 本論文がアクセプトされるまでには、予想以上の苦労があった。もちろん、この研究は多施設協同研究で有り、斯界の多くの専門家・共著者の努力の結晶である。初稿を他誌に投稿したところ、カルシウム摂取量を評価せずに、PTH値は評価できないと、門前払いであった(結果、本集団ではカルシウム摂取量とPTH値は無関係であったが)。カルシウム摂取量を評価するために、廣田先生の協力を仰いだが、事前のプロトコールにカルシウム摂取量評価が記されていなかったので、そのためだけに倫理委員会からやり直し、対象者のインフォームドコンセントも取り直すことになった。しかし、十分な対象数が確保出来ず、さらに人数を追加しようしている矢先に、当初用いていたassayが使えなくなった。また、倫理委員会からやり直しである。JBMM用の初稿が出来るまでに3年余、JBMMの査読では、統計解析に問題があるとされ、統計の専門である倉橋先生に加わっていただいた。
 現在、日本骨代謝学会、日本内分泌学会、厚生労働省ホルモン受容機構異常調査班では、ビタミンD不足・欠乏症のガイドラインを策定中である。本研究の成果や、最近の日本人における骨折と血清25(OH)D値の関係の解析を踏まえ、ガイドラインでは、血清25(OH)D値20 ng/ml未満をビタミンD欠乏、20〜30 ng/mlをビタミンD不足とする方向で調整中である。2015年中には公表し、パブリックオピニョンを募ることになると思う。会員の皆様、宜しくお願いいたします。
 最後に、血清25(OH)濃度測定は、2014年8月時点で、未だに保険適用外であり、この点において、骨粗鬆症を含めた日本の骨・ミネラル代謝疾患の臨床はアジア諸国を含めた世界から大きな遅れを取っている。一刻も早く是正されることが望まれる。(帝京大学ちば総合医療センター第三内科・岡崎 亮)