
機械応答性チャネルPIEZO1は腱を介して運動能力を制御する
著者: | Ryo Nakamichi, Shang Ma, Takayuki Nonoyama, Tomoki Chiba, Ryota Kurimoto, Hiroki Ohzono, Merissa Olmer, Chisa Shukunami, Noriyuki Fuku, Guan Wang, Errol Morrison, Yannis P Pitsiladis, Toshifumi Ozaki, Darryl D'Lima, Martin Lotz, Ardem Patapoutian, Hiroshi Asahara |
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雑誌: | Sci Transl Med. 2022 Jun;14(647):eabj5557. doi: 10.1126/scitranslmed.abj5557. Epub 2022 Jun 1. |
- PIEZO1
- 腱
- 運動能力
論文サマリー
骨格筋と密接する腱、骨と骨とを接合する靭帯は全身の様々な部位に存在し、それぞれに周囲の構造から受ける力のトランスミッターとしての機能を有している。そのため、これら組織を保つことは個体の運動能力の維持にも繋がる。しかしながら、これら組織は一旦損傷するとその自己治癒能力の低さ故に、完全には元の状態に戻らないという限界がある。そのため、これら組織損傷に対する治療戦略の進歩のため、組織恒常性の維持機構を解明することが重要である。
これまでに我々の研究グループでは、転写因子MKXが腱・靭帯組織の正常な機能発揮において重要であること、また、腱組織における機械刺激応答性の同化作用にはMKXが重要な働きを持つことを明らかにしてきた。しかし、この機械刺激を細胞がどのように感知しているのかは不明であった。そこで我々は既知の機械刺激応答性チャネルの中でもPIEZO1が腱細胞において高発現していることに注目した。また、PIEZO1の恒常活性型遺伝子変異が西アフリカをルーツとする人種に保有率が高い(Ma S. et.al. Cell, 2018)ことから、PIEZO1の恒常活性、腱、運動能力との関係に注目し、腱におけるPIEZO1の役割の解明を試みた。
全身性、筋特異的、腱特異的Piezo1恒常活性変異マウスを作成し、個体の運動能力を調査した。そこで、全身性及び腱特異的Piezo1恒常活性変異マウスでジャンプ能力、走行速度が向上することが明らかになった(図1)。全身性及び腱特異的Piezo1恒常活性変異マウスの腱組織では転写因子Mkxを含む腱関連遺伝子の発現が上昇すること、また腱組織が肥大化することが明らかになった(図2)。また腱特異的Piezo1恒常活性変異マウスの腱組織の機械的特性として、より伸びやすい腱に変化しており、より多くのエネルギーを組織に蓄積できるようになっていることが示唆された。さらにヒトPIEZO1恒常活性変異である西アフリカ系に特異的なE756delの発現頻度をジャマイカ人のスプリンターと一般人で調査し、スプリンターでこの変異の頻度が有意に高いことが明らかになった。
以上、PIEZO1を通じた腱細胞の機械刺激に応じた同化作用促進、及びPIEZO1の活性上昇により改変された組織が個体の運動能力を制御することを示すことができた。
著者コメント
筆者が初めてこのPiezo1恒常活性マウスのジャンプ力を実験室で見た時は本当に驚いたものである。この驚きのジャンプ力を目の当たりとしたことをきっかけとして、多くの協力者の力を借りて本論文の成果発表につながった。東京歯科大学、北海道大学、広島大学、岡山大学、またAthlome consortium、 Ardem Patapoutian教授を始めとした多くのスクリプス研究所のPI及びラボメンバーと共に、筆者は研究成果をまとめることができた。彼らの協力なくしてこの研究は完成できておらず、この場を借りて感謝申し上げる。(岡山大学病院整形外科・中道 亮)