日本骨代謝学会

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シングルセル解析による破骨細胞運命決定機構の解明

Stepwise cell fate decision pathways during osteoclastogenesis at single-cell resolution
著者:Masayuki Tsukasaki, Nam Cong-Nhat Huynh, Kazuo Okamoto, Ryunosuke Muro, Asuka Terashima, Yoshitaka Kurikawa, Noriko Komatsu, Warunee Pluemsakunthai, Takeshi Nitta, Takaya Abe, Hiroshi Kiyonari, Tadashi Okamura, Mashito Sakai, Toshiya Matsukawa, Michihiro Matsumoto, Yasuhiro Kobayashi, Josef M. Penninger and Hiroshi Takayanagi
雑誌:Nature Metabolism, 2, 1382–1390 (2020)
  • 破骨細胞
  • シングルセル解析

塚崎 雅之
著者(写真 中央)、ボスである高柳 広 教授(写真 右)と、Dr. Nam Cong-Nhat Huynh(通称Namさん, 写真 左)。Namさんはbioinformatics解析が得意なベトナム出身の歯科医であり、海外学振ポスドクとして当研究室に2年間参加し、本論文を含む多くのプロジェクトに多大な貢献をして下さった。

論文サマリー

 破骨細胞は骨恒常性の維持において中心的な役割を担うが、その過剰な活性化は骨粗鬆症や関節リウマチ、歯周病、がん骨転移など、様々な疾患に伴う病的骨破壊の原因になる。破骨細胞が関与する様々な疾患の病態を理解し、新しい治療法の開発を目指す上で、破骨細胞形成機構の解明が重要な課題だが、その詳細なメカニズムに関しては未だ不明な点が多い。

 これまで、破骨細胞の分化培養系に対してマイクロアレイやRNA-seqなどのトランスクリプトーム解析を投入し、破骨細胞の形成前と形成後の培養系に存在する細胞集団の遺伝子発現を比較することで、破骨細胞の分化や機能発現に重要な多くの遺伝子が同定されてきた。しかしながら、破骨細胞分化培養系は不均一な細胞集団を含んでおり、ごく一部の細胞しか破骨細胞へと分化しないことから、培養系に含まれる全細胞の遺伝子発現の平均を検出する従来のトランスクリプトーム解析方法では、破骨細胞において非常に特異的に高発現する遺伝子以外は同定することが困難であり、転写調節因子のような発現レベルの低い遺伝子に関しては、重要なものであっても見逃されている可能性が考えられた。また、培養系に含まれる不均一な細胞集団の正体や、破骨細胞の詳細な分化経路とそれに伴う遺伝子発現変動の全容は不明であった。

 本研究で我々は、破骨細胞の分化培養系において、RANKL刺激の直前、RANKL刺激1日後、RANKL刺激3日後(破骨細胞が生じるタイムポイント)の3つの異なるタイムポイントから合計7228個の細胞を単離し、シングルセルRNA-seq解析によりひとつひとつの細胞の遺伝子発現情報を取得した。得られた1細胞ごとの遺伝子発現データを用いて、機械学習アルゴリズムによる細胞分化経路(trajectory)の予測をおこなった。興味深いことに、コンピューターによるtrajectory解析の結果は、破骨細胞が分化過程で一過的に樹状細胞関連遺伝子(細胞表面マーカーであるCD11cや、抗原提示に関わる遺伝子群など)を発現する可能性を示唆した。これまで、樹状細胞の古典的な細胞表面マーカーであるCD11cを発現する細胞の一部が破骨細胞への分化能を有するという報告がある一方で、成熟した樹状細胞を欠損するようなマウスでも破骨細胞の数は減少しないことが報告されており、破骨細胞分化における樹状細胞の役割に関しては統一した見解が得られていなかった。そこで、CD11c-Cre依存的にRANKを除去したマウス(RANK flox/flox CD11c-Cre)を作成したところ、当該マウスでは破骨細胞の数が減少し骨量が顕著に増加することが明らかとなり、機械学習アルゴリズムにより予測された破骨細胞分化経路の生物学的妥当性が証明された。また、破骨細胞前駆細胞が分化過程で一過的にCD11cを発現するという本知見により、過去の報告の矛盾(生体から回収したCD11c陽性細胞の一部が破骨細胞分化能を有する一方で、成熟した樹状細胞を欠損するマウスでも破骨細胞の数は減少しない)が解消される可能性が考えられた。

 さらに我々は、破骨細胞の分化経路に伴い発現が変化する転写因子・転写調節因子を探索し、破骨細胞分化のマスター転写因子であるNfatc1と同じ発現変動パターンを示す因子として、Cited2を同定した。そこで破骨細胞前駆細胞でCited2を除去したマウス(Cited2 flox/flox RANK-Cre)を作成したところ、当該マウスでは増殖期の破骨細胞前駆細胞から細胞周期の停止した前破骨細胞への分化が阻害され、試験管内および生体内において破骨細胞の数が減少した。以上より、破骨細胞の運命決定を司る多段階的な分化プロセスの詳細が1細胞レベルで解明され、各ステージ間の進行が遺伝子レベルで厳密に制御されていることが明らかとなった(図)。

塚崎 雅之
シングルセル解析により明らかとなった、破骨細胞の多段階的な運命決定プロセス

著者コメント

 2014年頃から「シングルセルRNA-seq解析」が生命科学領域を席巻しはじめ、様々な臓器を構成する細胞集団の不均一性、多様性が1細胞解像度で語られる時代に突入しました。ここ数年で国際コンソーシアムによってヒトやマウスの臓器がシングルセル解析によって調べられ、公共データベースとして「シングルセルアトラス」が構築されています。世界的なシングルセル解析の潮流の中で、この技術を自分たちの研究にどのように生かせるかを考え、本プロジェクトの遂行に至りました。本論文では、シングルセル解析データを用いたコンピューターによる様々な予測の生物学的な妥当性を、遺伝子改変マウスを用いて生体レベルで検証してゆくことに重きを置きました。DryとWetの解析がバランス良く融合した、次世代型の研究を展開することができたのは、高柳教授やNamさんをはじめとしたラボメンバーと、多くの共著者の先生方のご指導、ご協力のお陰です。貴重なお力添えを頂いた共同研究者の先生方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。(東京大学大学院医学系研究科 免疫学・塚崎 雅之)