日本骨代謝学会

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メラトニンは宇宙飛行による骨の減少を防ぐ"きぼう"の薬

Melatonin is a potential drug for the prevention of bone loss during space flight.
著者:Ikegame M, Hattori A, Tabata MJ, Kitamura KI, Tabuchi Y, Furusawa Y, Maruyama Y, Yamamoto T, Sekiguchi T, Matsuoka R, Hanmoto T, Ikari T, Endo M, Omori K, Nakano M, Yashima S, Ejiri S, Taya T, Nakashima H, Shimizu N, Nakamura M, Kondo T, Hayakawa K, Takasaki I, Kaminishi A, Akatsuka R, Sasayama Y, Nishiuchi T, Nara M, Iseki H, Chowdhury VS, Wada S, Ijiri K, Takeuchi T, Suzuki T, Ando H, Matsuda K, Somei M, Mishima H, Mikuni-Takagaki Y, Funahashi H, Takahashi A, Watanabe Y, Maeda M, Uchida H, Hayashi A, Kambegawa A, Seki A, Yano S, Shimazu T, Suzuki H, Hirayama J, Suzuki N
雑誌:J Pineal Res. 2019 Oct;67(3):e12594. doi: 10.1111/jpi.12594.
  • 宇宙
  • メラトニン

池亀 美華

論文サマリー

 宇宙空間のような微小重力環境では急速に骨量が減少する。宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで長期滞在する昨今、これは重要な課題である。その解決法を求めて、我々は、キンギョのウロコ培養系を用いた宇宙実験を行い、宇宙での骨量減少のメカニズム解明を試み、さらにそれに対するメラトニンの作用について検討した。

 魚類のウロコは哺乳類の骨とよく似た性質をもつ。しかも魚体からの採取が容易で、低温保存により細胞の活性を長く保てるなど、宇宙実験材料として優れた特質を有する1)。一方、メラトニンは松果体のみならず、末梢組織でも産生され、骨組織ではアナボリックな作用をもつことが報告されている。我々は、メラトニンがウロコの破骨細胞活性を抑制することを明らかにしている2)

 本研究では、国際宇宙ステーションで86時間のウロコ培養実験を行った。まず、ウロコでメラトニンが産生されており、微小重力下ではそれが抑制されることを示した。さらに、微小重力下ではウロコ破骨細胞の多核化ならびに吸収活性促進が生じることを、形態学的に明確に証明することができた(図1)。
 遺伝子解析結果においても、微小重力下でRANKL/OPG比が増加し、その他の破骨細胞活性関連遺伝子の発現も促進していた(図2)。一方、Osterixなど骨芽細胞活性関連遺伝子の発現は抑制された。そして、これらの遺伝子発現変化の多くは、メラトニンの添加により、対照群(宇宙空間で1Gをかけて培養)での発現レベルへと引き戻されることが解った。

池亀 美華
図1:キンギョのウロコと宇宙空間でのウロコ破骨細胞
a: キンギョ (Carassius auratus)
b: TRAP染色(赤色)したキンギョのウロコ
破骨細胞の大半は、溝条と呼ばれる溝に沿って局在する。
c: 地上で観察されたウロコ破骨細胞(TRAP染色:赤色)
溝条に沿うようにしてTRAP陽性多核の破骨細胞が観察される。
d: 地上で観察されたウロコ破骨細胞(アクチン染色:赤色)
溝条のヘリに沿ってアクチンリングが形成されている。
e: 宇宙空間の人工的1G重力下(対照群)のウロコ破骨細胞
地上で見られたような小ぶりのアクチンリングをもつ多核(核:緑色)の破骨細胞(矢印)が、溝条に沿って分布している。
f: 宇宙空間の微小重力下のウロコ破骨細胞
対照群と比べて、数はほぼ同じだが、個々の破骨細胞のアクチンリングのサイズ、ならびに核数の増加が明白である。
スケールバー: b 1 mm; c, d 20 μm; e, f 100 μm

池亀 美華
宇宙におけるウロコの遺伝子発現変化とメラトニンの効果
リアルタイムPCRによる遺伝子発現解析の結果、宇宙空間の微小重力下で破骨細胞活性関連遺伝子(Mmp9, Rankl/Opg比)の発現が促進され、破骨細胞抑制因子であるカルシトニンの遺伝子発現が抑制されること、さらにそれらの変化はメラトニン(Mel)によって対照群レベルまで回復することが初めて明らかになった。
• P < 0.05, ** P < 0.01, *** P < 0.001

 興味深いことに、ウロコには破骨細胞抑制因子であるカルシトニンの遺伝子発現が認められ、それが微小重力下では抑制されること、それもメラトニンによって対照群レベルに戻ることが、本研究によって初めて示された(図2)。この現象について解析を進めるべく、地上実験でウロコ培養系にメラトニンを添加したところ、カルシトニン遺伝子発現が促進され、その作用はメラトニン受容体を介した作用であることが確認された。さらに、メラトニンにより培養上清中のカルシトニンペプチド量が増加することが、ウロコのみならず、ラットの頭蓋骨培養系でも確認された。

 以上から、メラトニンは宇宙空間の微小重力下で生じる破骨細胞の活性亢進を、RANKL/OPG比やカルシトニンの遺伝子発現を地上重力下レベルに引き戻すことで正常化すると考えられた。我々は、宇宙空間で骨量減少を防ぐ薬としてメラトニンに期待している(図3)。

池亀 美華
図3:宇宙での骨量減少へのメラトニンの作用機序と、その将来的応用への期待
微小重力下ではメラトニンの産生が減少し、RANKL/OPG比が増加し、カルシトニン産生が抑制される。その結果、破骨細胞の活性化が起こる。メラトニンの添加は、それらの変化を阻止した。従って、将来、宇宙空間でのヒトの骨量減少の予防に、メラトニンを応用できるのではないだろうか。
OC:破骨細胞、OB:骨芽細胞

参考文献
1) Suzuki et al., Space Utiliz Res 2009
2) Suzuki and Hattori, J Pineal Res 2002

著者コメント

 スペースシャトル打上げから9年、論文化までが長い道のりでした。多くのウロコチームメンバーを束ね続けた責任著者の精神的重圧もいかばかりであったでしょう。しかし、ScienceやNature Communicationをリジェクトされても、じっくりとデータを吟味して、地上での追試を繰り返したことで、カルシトニンとメラトニンの関連性という、思わぬ収穫が得られました。骨でカルシトニンが作られるなんて、前代未聞ですよね。これは、魚類のウロコを用いた研究が、哺乳類の骨における未知の現象を発見する突破口となった、初めてのケースではないでしょうか。
 この成果は、宇宙実験という夢を共に実現したチームメンバーの、熱意と知恵と根性の結晶です。(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 生体機能再生・再建学講座 口腔形態学分野・池亀 美華)