日本骨代謝学会

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骨芽細胞分化過程の経時的ラマンイメージング

Time-lapse Raman imaging of osteoblast differentiation.
著者:Hashimoto A, Yamaguchi Y, Chiu LD, Morimoto C, Fujita K, Takedachi M, Kawata S, Murakami S, Tamiya E.
雑誌:Sci Rep. 2015 Jul 27;5:12529.
  • 骨芽細胞分化
  • 石灰化
  • ラマンイメージング

橋本 彩

論文サマリー

 in vitro において骨芽細胞の石灰化過程を経時的に解析することは、骨芽細胞による骨形成機構の詳細を理解する上で極めて重要である。そこで我々は、骨芽細胞組織の経時的解析に顕微ラマンイメージングを利用した。顕微ラマンイメージングとは、任意波数のラマン散乱光強度に基づきマッピングすることで、標的分子の分布を可視化する技術である。ラマン散乱光は、試料中の分子の振動状態に基づく、入射光と異なる波長を持った散乱光である。顕微鏡下で試料に励起光を照射し、試料から得られるラマン散乱光を検出・解析すれば、試料中に含まれる分子の種類や状態が分かる。したがって,顕微ラマンイメージングは、[1]散乱光を利用するため低侵襲である、[2]顕微鏡と組み合わせているため高分解能である、[3]ラベルフリーで標的分子の局在を可視化できる、といった利点を有している。本研究において我々は、顕微ラマンイメージングを用い,同一骨芽細胞の経時的解析を試みた。

 マウス間葉系幹細胞株 KUSA-A1 を骨芽細胞へと分化誘導し、分化誘導開始5日後から4時間毎に24時間、その分化過程を顕微ラマンイメージングにより経時的に解析した。その結果、ハイドロキシアパタイト(HA),β-カロテン,シトクロムcの局在変化の観察に成功した。HAは骨の主成分であり、その蓄積量は石灰化過程の進行に伴い増加するため、石灰化過程の指標となる。β-カロテンはプロビタミンAの一種で、骨芽細胞分化や骨基質タンパク質の産生を促す効果を有することが知られている。また、シトクロムcは、アポトーシス初期にミトコンドリア内膜から細胞質中へ流出するため、その局在変化はアポトーシス開始の指標となる。同一組織から取得したラマンイメージから、HA産生前に、細胞周囲の微小領域にβ-カロテンが局在したのち、その周囲でHAが産生されてくる様子が観察された。さらに,別組織における経時的ラマンイメージの比較から,β-カロテンの石灰化過程促進効果は,その濃度に大きく依存することが示された。本結果は、β-カロテンが、石灰化開始部位のバイオマーカーとなりうる可能性を示唆している。これまでの先行研究において、β-カロテンの石灰化促進作用を証明する研究は多々あったが、『石灰化開始部位周囲にβ-カロテンが自発的に局在する』という結果を示したのは本研究が初である。さらに、石灰化後に起こるアポトーシスに起因すると考えられる,骨芽細胞内のシトクロムcの局在変化の観察にも成功した。

 本論文において、連続的な顕微ラマンイメージング測定により、同一骨芽細胞組織の経時的解析が可能であることが実証された。さらに、本経時的解析により、β-カロテンが石灰化開始部位のバイオマーカーとなりうることが推察された。本研究成果は、顕微ラマンイメージングが、従来法では成し得なかった同一骨芽細胞の経時的観察を可能にし、石灰化機構の解明において有用な解析手法となりうることを示唆している。

著者コメント

 顕微ラマンイメージングを用いて、歯根膜細胞による歯周組織再生機構の一端を解明することを目指し、研究を進めてきました。本論文では、顕微ラマンイメージングにより同一組織の経時的解析が可能であることが実証できただけでなく、初期石灰化部位に局在する生体分子の発見に至ることができました。今後も、歯周組織の再生機構解明を目標に、研究に尽力したいと考えています。修士課程から現研究室へ進学し、本研究に携わるようになってから、早くも3年半が経ちました。進学当初は、口腔生化学はもちろんラマン分光法についても無知であった私が、このような論文の著者の1人となることができたのは、民谷栄一先生や村上伸也先生をはじめとした多くの方々のご指導とご協力の賜物です。この場をお借りして、深く御礼申し上げます。ありがとうございました。(大阪大学大学院 工学研究科 精密科学・応用物理学専攻・橋本 彩)