SHP2遺伝子欠損は口腔顔面領域の軟骨形態異常と一次繊毛欠損を引き起こす
著者: | Kamiya N, Shen J, Noda K, Kitami M, Feng GS, Chen D, Komatsu Y. |
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雑誌: | J Bone Miner Res. 2015 Nov;30(11):2028-32. doi: 10.1002/jbmr.2541. |
- 一次繊毛
- 軟骨細胞
- SHP2
論文サマリー
食べ物を咀嚼する際の顎骨の動きは、下顎骨と頭蓋を繋ぐ左右の顎関節が協調して働くことにより制御される。顎関節に異常を訴える患者は、年々増加傾向にあり、同疾患は“顎関節症”として認識されている。顎関節症とは、疼痛、関節雑音、あるいは開口障害をきたす慢性疾患の総称で、生活習慣や心理的ストレスによる食いしばり等の複合要因によって発症すると推察されている。従って、顎関節への過度の外力負荷(機械的刺激)が、下顎頭軟骨の恒常性維持の破綻へと繋がり、顎関節症を引き起こすと考えられる。しかしながら、顎関節を構成する下顎頭軟骨細胞がどのようにして外力負荷を受容しているのか、その制御機構の詳細は不明である。一次繊毛は、細胞表面にその構造を認める突起状の細胞小器官であり、細胞外シグナルの受容器官、特に機械的刺激を受容するシグナルセンサーとして機能する 。一次繊毛の形成は細胞周期依存的であることが知られている一方で、近年、ホスファターゼを介する細胞内シグナル伝達系が、一次繊毛の形成に重要であることも示唆されつつある。そこで、我々はチロシンホスファターゼの一つであるSHP2に着目し、“SHP2は下顎頭軟骨細胞において、一次繊毛の形成、下顎頭軟骨の形態維持に必須である”という仮説のもと、マウスを用いてSHP2の機能を解析した。
本研究では、咬合による顎関節への負荷が開始されるマウス生後4週よりタモキシフェンの投与を開始し、軟骨細胞特異的にSHP2遺伝子を欠損させ、下顎頭軟骨の形態維持におけるSHP2の機能を調べた。その結果、SHP2遺伝子欠損マウスの下顎頭軟骨において、肥大化軟骨細胞層の肥厚を伴う形態異常を認めた。SHP2欠損マウス由来の軟骨細胞を用いて、一次繊毛の形成を調べたところ、一次繊毛の短縮を認め、一次繊毛の形成期に重要な Intraflagellar transport (IFT)群の遺伝子発現の減少を確認した。SHP2遺伝子欠損マウスにおいて、下顎頭軟骨の一次繊毛形成を観察したところ、一次繊毛の欠損を認めた(図1)。
これらの結果より、 咬合力の負荷が開始される時期の下顎頭軟骨において、SHP2を介するシグナル伝達系は一次繊毛の形成に必須であり、一次繊毛が下顎頭軟骨の形成維持に重要である可能性も示唆された(図2)。
本研究成果が、顎関節症の発症機序の一端である機械的刺激の受容メカニズムの理解に繋がるだけでなく、SHP2関連の骨・軟骨疾患の病因論の解明に貢献することを期待している。(テキサス大学医学部ヒューストン校小児科・北見 恩美)
著者コメント
今回の一次繊毛と顎関節の仕事は、三品 裕司先生(ミシガン大学教授)のご指導の下、研究生活をご一緒させて頂いた神谷 宣広先生(天理大学教授:写真1)との共同研究によるものです。現在、私の研究室に在籍している3人のポスドクの先生方(Jingling Shenさん、野田 和男さん、北見 恩美さん:写真2)のおかげで、幸運にもレビューアーからの評価は良く、論文として発表する事が出来ました。顔面頭部骨格形成における一次繊毛の機能については、不明な点が多く、今後の研究の発展が期待されます。本研究の遂行にあたり、マウスを恵与して下さったGen-Sheng Feng教授(UCSD)、及び Di Chen 教授(Rush University Medical Center)に心より感謝申し上げます。(テキサス大学医学部ヒューストン校小児科・小松 義広)