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JSBMR×医薬ジャーナル社共同企画

ASBMR 2018 シニアレポーター レポート
高畑 佳史・西村 理行(大阪大学大学院歯学研究科生化学教室)

 今年のASBMRの主なトピックスの一つは,「骨・筋肉の連関」に関する研究の進歩に関してであった。適度な運動が骨の強化に関与することは臨床的に知られているが,そのメカニズムについては不明な点が多く残っている。今回のASBMRでは,Irisin,β-aminoisobutyric acid(BAIBA),Myostatin等の筋肉から分泌されるホルモンの骨格系細胞への作用に関する演題が多く見られた。特に,Irisinに関する報告が印象的であった。さらに,骨芽細胞および骨形成に関する興味深い演題も報告された。本稿では,これらの演題を中心に紹介したい。

はじめに

 2018年のASBMRは,ケベック州のモントリオールで開催された。2008年にも同場所で開催されており,今回は10年振りでの開催となる。ケベック州では欧州の文化が強く残り,欧風の歴史的,芸術的な建造物が随所に見られ,街で行き交う人々の会話は英語ではなくフランス語が耳に入ってくる。学会会場のコンベンションセンターはダウンタウンの中心地にあり,建物はカラフルなステンドグラスが全面に張り巡らされ,特に夜の景観は一際素晴らしいものであった。学会開催時期は9月下旬であり,日本ではまだ暑さが残っていたのに対して,モントリオールで吹く風は肌寒く,既に楓の紅葉も始まっていた。

 今年のASBMR基礎領域のハイライトは「骨・筋肉の連関」であり,筋肉から分泌される生理活性物質であるIrisin,β-aminoisobutyric acid(BAIBA),Myostatinに関する話題が注目されていた。まずそのことについて触れた後に,骨・軟骨の基礎系の演題を紹介したい。

高畑 佳史・西村 理行
写真1:モントリオール国際会議場の正面から。色とりどりのステンドグラスが光り輝く様子。

高畑 佳史・西村 理行
写真2:本年度のASBMRハイライトでのメイン会場の様子。

骨・筋肉の連関

 筋肉は元来骨と物理的に結合し,機械的に筋骨格系を支配することで全身の運動に関わっている。このような機械的相互作用は古くから認識されてきていたが,機械的シグナルだけでなく,近年,生化学的なシグナル伝達も筋骨格系の機能にとって重要であり,この2つの組織間での分子シグナル伝達の解明が新しい研究領域として注目を浴びている。筋肉を一つの内分泌器官として捉え,‘myokines’と呼ばれる筋肉からの分泌液性因子が多数同定されている。例えば,Myostatin,leukemia inhibitory factor(LIF),insulin-like growth factor ㈵(IGF-1),fibroblast growth factor 2(FGF2),brain derived neutrophic factor(BDNF),Irisin,BAIBA等がmyokineとして報告されている。

 今回のASBMRでは,タフツ大学のグループがOsx-Cre/Irisinflox/floxマウスを作製し,この骨特異的Irisin欠損(KO)マウスの解析を行った。幼若期と成熟期のいずれにおいても,骨特異的IrisinKOマウスはコントロール群のマウスと比較して,骨格が小さく,体重の減少,骨格形成と石灰化の遅延が認められた。さらにこれらのマウスの骨組織から幹細胞を採取し,骨芽細胞分化能と破骨細胞分化能を検討した結果,Irisin 欠失細胞では骨芽細胞分化能が抑制され,破骨細胞形成は促進されていた。以上のことからIrisinは骨代謝制御に重要な役割を果たしていることが示唆された(#1108, Young Investigator Award)。

 さらにダナ・ファーバー癌研究所のグループからもIrisinに関する発表があった。骨細胞様株化細胞MLO-Y4にIrisinを添加するとIrisinの濃度依存的に,過酸化水素誘導性酸化的ストレスによるアポトーシスを抑制するという結果が示された。また,Irisin添加によって骨細胞におけるSost mRNAの発現上昇が認められた。In vivoにおける解析では,Irisin KOと野生型マウス(WT)に卵巣摘出術(OVX)を施し,骨代謝への影響を解析した。その結果,WTマウスではOVX処置により破骨細胞数の増加と骨量の減少が認められたが,Irisin KOマウスではOVX処置による骨量の変化は見られず,骨細胞性の骨溶解が観察できなかった。またIrisinが破骨細胞に対して直接作用するかどうか検討するために,macrophage colony-stimulating factor(MCSF)およびreceptor activator of NF-κB ligand(RANKL)で処置した骨髄由来マクロファージにIrisinを添加すると,破骨細胞形成の有意な増加が観察された。リガンド結合実験によりIrisinがαV/β5 integrinと結合すること,骨細胞においてαVインテグリンの阻害剤を作用させるとIrisinによるシグナル伝達が遮断されることが示された。これらの結果からIrisinは,骨細胞に対して直接的かつ間接的に機能することが示された(#1001)。本研究内容は,Cell誌に掲載受理が決定している(Kim, et al:Cell, 2018)。

 インディアナ大学のグループはL-BAIBAに着目し,L-BAIBAは骨細胞でMRGPRD/Ca2+/CaMMKb/AMPK経路を通じて細胞生存シグナルを活性化し,酸化的ストレスによる細胞死に対して保護効果があることを示した。L-BAIBAがMLO-Y4細胞においてカルシウムイオンの細胞内への流入を活性化することを示すとともに,CaMKKb阻害剤であるSTO-609で処置するとBAIBAによる酸化的ストレス保護効果を遮断した(#FRI-0137, #SAT-0137)。本発表と関連した内容である「BAIBAが骨細胞において加齢に伴う酸化的ストレス誘導性の細胞死に対して保護的に働く」ことを示した結果を論文報告している(Kitase, et al:Cell report, 2018)。

BAIBA:β-aminoisobutyric acid
LIF:leukemia inhibitory factor
IGF-1:insulin-like growth factor Ⅰ
FGF2:fibroblast growth factor 2
BDNF:brain derived neutrophic factor
OVX:卵巣摘出術
MCSF:macrophage colony-stimulating factor
RANKL:receptor activator of NF-κB ligand

Col1a1低発現の新しいタイプの骨芽細胞

 慶應義塾大学のグループは,高度に石灰化された骨器質の形成を可能とする細胞メカニズムを解明するために,耳小骨や上腕骨等の発生と骨化過程を検索した。通常の骨芽細胞はCol1a1によってコードされる㈵型コラーゲンを高発現し,Col1a1-GFPトランスジェニックマウスにおいてもGFPが骨芽細胞で高発現する。しかし予想に反して,耳小骨や遠位上腕骨の特定の領域における骨芽細胞では,Col1a1の発現が通常の骨芽細胞よりも低いものが見つかった。これらの細胞は高度に石灰化した骨を産生し,新しいタイプのCol1a1低発現骨芽細胞として同定された。この新たな骨芽細胞はアルカリホスファターゼやオステオカルシンの発現,骨細胞への最終分化能は従来の骨芽細胞と変わらず,同様の形質を持つことが確認された。さらに驚くことにこの新しいタイプの骨芽細胞は,軟骨細胞マーカーである㈼型コラーゲンを高レベルで産生していることを明らかにした。これらの細胞は,従来の骨芽細胞とは異なり,㈼型コラーゲンに富む,高度に石灰化された骨マトリックスを形成することから,「超石灰化骨芽細胞」と表現されており,新たな骨格系細胞として今後の解析が期待される(#1044)。

負荷誘発による骨形成の制御機構

 耐荷重運動は骨減少に対して有効な手段であるが,高齢の患者では機械的負荷のみでは骨量を増強するには不十分である。加齢による骨折リスクの増加を防ぐためには,負荷に起因する重要なシグナル伝達事象を解明することが重要となる。

 ニューヨーク大学のグループは,機械的負荷に応答してCXC motif chemokine ligand 12(CXCL12)発現が骨細胞で増加することを既に明らかにしている。今回の同グループでの発表では,Dmp1-Creマウスを用いて骨細胞特異的CXCL12 KOマウスの負荷誘発に対する骨形成について解析を行った。CXCL12 KOマウスはコントロール群マウスと比較して負荷誘発による骨形成能の減少が認められた。これらの結果から,CXCL12シグナル伝達が骨形成,または成熟骨芽細胞機能を正に調節する可能性が示唆された(#1046)。

CXCL12:CXC motif chemokine ligand 12

転写因子TCF7L2による骨芽細胞分化の調節

 骨芽細胞分化および成熟の調節においてRunx2やOsterix等の転写因子が中心的役割を果たしているが,骨芽細胞分化における転写調節機構について依然として不明な点が多々残されている。ロマリンダ大学のグループは,骨芽細胞の分化と成熟に並行して発現が顕著に増加する転写因子として,transcription factor 7 like 2(TCF7L2)を同定した。この転写因子の機能を解明するためにTCF7L2 floxマウスとCol1a1-Creマウスの交配により,骨特異的TCF7L2ノックアウトマウスを作成した。CRE陽性でTCF7L2(flox/flox)の全ての仔は,胎生期または出生直後に死亡し,アリザリンレッド染色性が損なわれ,さらに矮小な骨格を呈した。Cre陽性のfloxヘテロ接合KOマウスの骨格表現系をマイクロCTで評価すると,骨量の減少が認められた。TCF7L2の標的遺伝子を同定するためにプロモーター領域における転写調節モチーフの存在を探索した。その結果,Wntシグナル伝達経路のメンバーを直接標的として同定し,Wnt16,β-cateninおよびAxinの発現レベルが低下することを明らかにした。

 以上の結果より,転写因子TCF7L2が,Wntシグナルの関連分子の発現を調節することによって,骨芽細胞の機能を調節することを示した(#1090)。

TCF7L2:transcription factor 7 like 2

おわりに

 近年のASBMRの傾向であるが,骨芽細胞,破骨細胞,軟骨細胞の単独セッションは減少しており,本年度のASBMRでも予想通り単独セッションは少なかった。昨年度は「加齢と老化」に関する骨代謝関連事象がハイライトで話題に上がったが,今年は「骨・筋肉との連関」に関するテーマが大きなトピックスであった。口頭発表の演題をいくつか見渡しても,基礎系領域では複数の組織特異的ノックアウトマウスを用いた骨組織の解析,複数の遺伝子ノックアウトマウスの骨表現系の解析が当然のように行われ時間的,労力的にも大変である印象が残った。実験系の複雑化とそれに伴う複合的な要因を検証する必要性があるため,導き出される結果の解釈と考察の難易度のハードルが年々高くなっていると思われる。来年のASBMRはどのようなテーマがハイライトに挙がるのか楽しみにしつつ,骨研究分野の新たな方向性に今後も注目したい。

高畑 佳史・西村 理行
写真3:モンロワイヤル公園の丘から,ダウンタウンの全貌,奥はセントローレンス川まで見渡すことができる。季節的にも空気が澄んでおり,陽が落ちると絶景の夜景が目前に広がる。

高畑 佳史・西村 理行
写真4:会場近くのダルム広場。ノートルダム大聖堂の目の前にあり,祖メゾヌーヴの像が建っている。