骨ルポ
ASBMR 2017 レポート
渡邊 隆一(慶應義塾大学医学部整形外科学教室)
Denver convention center入り口にて
紹介演題 [1]
ENPP1 Enzyme Replacement Prevents Bone Loss and Corrects Fracture Susceptibility in a Murine Model of Autosomal Recessive Hypophosphatemic Rickets Type 2.
キーワード
ENPP1, 異所性石灰化
研究グループ
Mark Horowitz, et al.
- Yale University School of Medicine, United States
サマリー&コメント
ENPP1遺伝子は、生体での石灰化過程におけるハイドロキシアパタイト形成の抑制因子、ピロリン酸の合成を制御している。この遺伝子の機能喪失により、乳児全身性大動脈石灰化症Generalized arterial calcification of infancy (GACI), という生後6ヶ月以内に85%が死亡する予後不良の先天的疾患が発症する。その他には発生頻度は極めて稀である常染色体劣性低リン血症性くる病Autosomal recessive hypophosphatemic rickets 2 (ARHR2)が報告されている。ARHR2の骨表現型は石灰化異常に伴う類骨増加により著しい骨脆弱性を認め、臨床では易骨折性の克服と骨成長が治療目標となり、リン補充とカルシトロールの併用が標準治療とされてきた。しかし、ビタミンD3の過剰が腎・大動脈・関節軟骨に新たな石灰化を引き起こし、死を招くリスクを上昇させるジレンマがあった。
このグループは2015年のNature Communicationにおいて、IgG抗体のFc部分にENPP1の細胞外ドメインを結合させたタンパクを新規に精製し、GACIのモデルマウスEnpp1asj/asj miceに連日皮下投与することによって、大動脈石灰化の抑制、心筋梗塞の発症を予防し、死亡率を低下させたことを発表した。
今回は、この抗体補充療法における同モデル動物での骨に対する効果の検討であった。
未治療群では、病理組織学的解析における脛骨近位骨端部の成長板の50%低下を認め、骨形態計測において海綿骨の骨量低下、皮質骨における皮質骨厚、粗鬆化の増加を有意に認めた。また、力学的強度もコントロール群と比べて有意に脆弱であった。一方、ENPP1-Fc治療群では、長管骨成長板の減少は認められず、海綿骨・皮質骨ともに骨量減少は抑制されていた。また、生体力学的な骨強度もコントロール群と同程度まで回復を認めた。以上より、この抗体補充療法はGACI患者だけでなく、ARHR2患者の骨病変においても従来の治療に取って代わりうる有効性の高い治療として示され、全てのENPP1遺伝子変異患者に希望の光を照らす画期的な治療法として今後の臨床応用が期待される。
ENPP1遺伝子にpoint mutationをもつ、ttw miceの病態解明を大学院博士過程時代から取り組んできた私にとって、この発表は2015年の論文から注目してきた内容であった。どのような方法で全身性の石灰化を抑制し、寿命を延長させられるかということを試行錯誤し、私はビタミンDの側面からその病態の一部を解明し、幸い論文化することができたが、このグループのような画期的なアイディアはまさに”bench to bed side”であり、壮大なスケールの素晴らしい仕事に畏敬の念を感じた。
紹介演題 [2]
Efficacy of volumetric change of lumbar paraspinal & psoas muscle in spinal balance.
キーワード
成人脊柱変形, サルコペニア
研究グループ
Jaewon Lee, et al.
- Guri Hospital Hanyang University, Korea
サマリー&コメント
超高齢化社会の到来に伴い、成人脊柱変形が招く慢性腰痛や体幹バランスの不安定性から生じる歩行障害などを訴える高齢者は増加傾向であり、その因果関係にまつわる研究は大きな注目を浴びている。特に脊柱矢状面バランスの不安定性の危険因子は加齢、外傷、腰椎疾患の有無、手術歴などがこれまで報告されてきた。本研究は現在注目されているサルコペニアとの関連についての解析である。
60歳以上の立位全脊椎レントゲンとMRIが施行可能であった入院患者165名を対象とし、全脊椎レントゲン立位側面像の計測からsagittal vertical axis: SVA (第7頚椎椎体からの長軸方向の垂線に直交する第1仙骨椎体後縁までの距離)を基準に3群に分け、傍脊柱筋である脊柱起立筋、多裂筋および腸腰筋の筋量と脂肪変性量を仙骨レベルの5スライスからMRIで定量的に計測した。SVA≧9.5cmの高度腰椎後弯群、5≦SVA<9.5cmの中等度後弯群、SVA>5cnの軽度後弯群で比較すると、多裂筋、脊柱起立筋および腸腰筋筋量とSVAの重症度はそれぞれ有意に相関を示した。また、多裂筋、脊柱起立筋の脂肪変性度はSVAとも相関を示した。つまり、傍脊柱筋の筋萎縮ならびに脂肪変性が進行すると脊柱の矢状面バランスが保持できなくなり、腰椎前弯が失われ、後弯の拡大によってglobal balanceが前方に傾くことが本研究から示唆された。以上より、予防的な観点から傍脊柱筋の筋量を強化・維持することが良好な脊柱アライメントの保持の一助になりうることが考えられた。
本研究ではアジア人(韓国)を対象とした研究であるが、脊柱アライメントは骨盤アライメントも大きく関与しており、これは人種間によって差が認められることがすでに報告されており、その点については言及されていなかった。また、傍脊柱筋の対象領域も仙骨部のみでの検討であり、脊柱アライメントを考慮するならば胸腰椎移行部周囲の筋萎縮・変性をターゲットにすれば、さらに興味深い研究に発展することが期待できるものと感じた。
Downtownから5km離れた南に位置するWashington Park. 165エーカー(0.65km2)を有する広大な園内には2つの湖、一周5kmのランニングコースがあり、週末には地元の住民で早朝から賑わう.