骨ルポ
JSBMR×医薬ジャーナル社共同企画
ASBMR 2016 シニアレポーター レポート
福本 誠二(徳島大学先端酵素学研究所藤井節郎記念医科学センター)
骨粗鬆症治療薬に関しては,新規骨粗鬆症治療薬の第III相試験の結果や既存治療薬のより長期の効果が発表された。一方,オダナカチブ(Odanacatib)についてもいくつかの演題が発表されたものの,学会直前に本薬の臨床開発の中止が発表された。また骨粗鬆症治療薬の稀な有害事象のため,骨粗鬆症患者の治療率が低いことが,骨粗鬆症治療の危機であると強調された。さらに代謝性骨疾患に対する新たな治療薬の効果が発表されるなど,臨床的に重要な話題の多い学会であった。
はじめに
2016年のASBMRは,マーガレット・ミッチェルの小説,「風と共に去りぬ」の舞台であるジョージア州アトランタ(写真1,2)において,9月16日から19日にかけて行われた。本稿では,臨床的ないくつかのトピックスにつき紹介する。
(写真1)レストランでみかけたスカーレット・オハラとレット・バトラー
映画「風と共に去りぬ」のシーンが再現されている。
(写真2)CNNセンター
アトランタは、CNNの本拠地でもある。
新規骨粗鬆症治療
スクレロスチンの作用を阻害するロモソズマブ(Romosozumab)は,骨形成を促進すると共に骨吸収を抑制し,骨密度を増加させることが知られていた。本学会では,ロモソズマブの第III相試験であるFracture Risk Reduction With Romosozumab(FRAME)試験の結果が報告された(#1096)。閉経後骨粗鬆症患者7,180名を対象とした本試験では,月1回のプラセボか210 mgのロモソズマブ皮下投与が1年間続けられた後,全員に6カ月に1回デノスマブが1年間投与された。その結果,ロモソズマブは,始めの1年間でプラセボ群に比較し,椎体骨折を有意に減少させた(相対リスク減少率 73%)。ロモソズマブはまた,臨床骨折も36%減少させたが,非椎体骨折の減少は有意ではなかった。さらにロモソズマブによる椎体骨折の減少は,デノスマブに変更された2年目にも観察された。これらの結果は,既に論文として公表されている(Cosman F, et al. N Engl J Med 375:1532, 2016)。使用期間は限定されるものの,ロモソズマブは今後有力な骨粗鬆症治療薬となるものと期待される。
一方カテプシンK阻害薬であるオダナカチブ(Odanacatib)は,骨吸収を抑制するものの骨形成を低下させにくい薬剤として注目されていた。実際,第III相試験であるThe Long-Term Odanacatib Fracture Trial(LOFT)での骨折抑制効果も,既に学会では公表されていた。しかし本学会直前の9月2日に,オダナカチブの臨床開発の中止が発表された(外部リンク)。その理由は,LOFT試験において脳卒中の頻度がオダナカチブ群で有意に高かったことである(#1155)。16,071名の閉経後骨粗鬆症患者を対象としたLOFT試験は,中間解析での有効性が確認されたものの,5年まで延長されている。中間解析までの検討では,オダナカチブ群の脳卒中のハザード比はプラセボ群に比較し1.32と有意に高い。延長期間を含めても,オダナカチブ群のハザード比は1.37で有意に高かった。ただし,死亡,心筋梗塞,脳卒中からなる主要心血管イベントや心房細動,心房粗動の頻度には,オダナカチブ群とプラセボ群に有意差は認められなかった。ちなみにこの#1155の抄録には,cardiovascular safety results will be ready for presentation at ASBMR 2016とのみ記載されており,結果の報告が全くない。この抄録が口演に選ばれたことは,臨床試験が厳密に施行されており,確実に結果が得られることが明らかであることに加え,オダナカチブが非常に注目された薬剤であったことを示している。
既存骨粗鬆症治療薬
デノスマブは,10年間の使用でも骨密度を増加させ,骨折を予防することが既に2015年のASBMRで報告されていた(#LB-1157)。本年のASBMRでは,デノスマブ10年間の使用が骨組織や石灰化に及ぼす影響について報告された。腸骨骨生検の結果を検討した成績では,正常の層状骨骨構造が保たれており,骨軟化症や骨髄線維化は認められなかった。また,海綿骨でのテトラサイクリンラベルは,デノスマブの使用年数が長くなるほど増加した(#1005)。従って,少なくとも10年までの使用では,骨代謝低回転が進行することはないと考えられる。またデノスマブは,石灰化の程度を増加させ不均一性を減少させた。この効果は,デノスマブの使用5年でほぼ最大となり,5年と10年の使用では相違がないことも報告された(#LB-1163)。さらに,2回以上デノスマブ治療を受けた後中止した患者は,骨粗鬆症治療を受けていない患者と同程度の椎体骨折リスクを示すことが報告された(#1100)。従って,何らかの理由によりデノスマブ治療を中止せざるを得ない場合には,他の骨粗鬆症治療薬が必要と考えられる。
骨粗鬆症治療の危機
本学会では,骨粗鬆症治療薬の稀な有害事象である顎骨壊死や大腿骨非定型骨折への懸念から,多くの骨粗鬆症患者が薬物治療を受けていないとの2016年6月1日のニューヨークタイムズの記事(外部リンク)が引用され,この状況は骨粗鬆症治療における危機であることが強調された。また既にJ Bone Miner Resに,この事に関する論説が発表されていた(J Bone Miner Res 31:1485, 2016)。A crisis in the treatment of osteoporosisと題されたシンポジウムでは,米国では最近大腿骨近位部骨折の頻度が低下していないこと,近位部骨折前後の治療率が低いこと,かかりつけ医の骨粗鬆症への注目度が低いことなどが報告された。本邦では骨粗鬆症リエゾンサービスが始まっており,骨粗鬆症患者の治療率のさらなる改善が期待される。
代謝性骨疾患の治療
線維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor 23:FGF23)は,骨により産生されるリン利尿ホルモンである。過剰なFGF23活性により,X染色体優性低リン血症性くる病(X-linked hypophosphatemic rickets:XLH)や腫瘍性骨軟化症(tumor-induced osteomalacia:TIO)など,いくつかの低リン血症性疾患が惹起される。本学会では,ヒト型抗FGF23モノクローナル抗体が,小児XLH患者のくる病を改善させること(#1154),TIO患者の骨密度の増加や骨シンチグラフィー所見の改善をもたらしうること(#1098)などが報告された。現在本邦を含め各国で,本抗体の臨床試験が施行されている。
おわりに
ASBMRの年次大会は,骨・ミネラル代謝関連の最大の学会であり,多くの演題が発表される。本年も,臨床面でも多くの重要な発表がなされた。今後これらの研究の成果が臨床応用され,骨粗鬆症や代謝性骨疾患患者のよりよい管理が可能となることが望まれる。