骨ルポ
JSBMR×医薬ジャーナル社共同企画
ASBMR 2016 シニアレポーター レポート
田中 伸哉(埼玉医科大学整形外科)
1990年代~2000年代にかけて骨粗鬆症治療薬が次々と開発され,骨代謝研究は盛り上がりをみせた。ASBMR annual meetingには各国から多くの人々が集まり,各製薬メーカーはブースの華やかさを競った。学会および学会員の献身的な努力により,診断学は発達し,アンカードラッグが普及し,世界的に骨折の発生は減少した。今回の学会でもロモソズマブ(Romosozumab)やアバロパラチド(Abaloparatide)の輝かしい臨床成績が報告された一方,参加者らは新薬の開発が収束に向かっていることを実感したに違いない。しかし,骨粗鬆症治療に関してはまだ,課題が残されている。より骨折防止効果の高い薬の開発,長期的な骨粗鬆症治療の安全性,超高齢者に対する治療の有効性についても検討しなければならない。
はじめに
1995年のイタリアでのアレンドロン酸発売の開始,1997年の米国食品医薬品局(Food and drug administration:FDA)の承認を皮切りに,様々な骨粗鬆症治療薬が臨床の場で使用されるようになった。しかし,骨粗鬆症治療に関しては, [1] テリパラチドより更に骨量を増加させる治療薬,もしくは治療法はないか,[2] 強力な骨吸収抑制薬によるリモデリング抑制すなわち新陳代謝の抑制を長年継続しても良いのか,[3] 超高齢者の骨折は現状の治療薬で防止できるのか,といった問題が残されている。ASBMR 2016 annual meetingではそういった疑問に対する答えを見出すための窓口である(9月16~19日,アトランタにて開催〔写真1,2〕)。しかし,米国への出発を控えた9月5日,メルク社が年余に亘り臨床試験を行ってきたカテプシンK阻害剤,オダナカチブ(Odanacatib)のFDA承認を断念したという,衝撃的ともいえるニュースが舞い込んだ。
(左:写真1)CNN本社ビルの内部
ASBMR 2016 annual meetingの会場となったGeorgia World Congress Center:GWCCの対面にある。ビルの中はフードコートになっていて自由に出入りができる。
(右:写真2)World of Coca-Colaに展示された自動販売機
コカコーラの歴史博物館。GWCCとはオリンピック公園を隔てた場所に位置する。ツアーでは世界中のコカコーラ製品を飲むことができる。
オダナカチブのFDA承認断念
ビスホスホネートやデノスマブなど破骨細胞の存在を否定するこれまでの強力な骨吸収抑制薬とは一線を画し,骨形成の潜在性は担保しつつ破骨細胞の骨吸収能を抑制するオダナカチブへの期待は大きかった。72.8歳という他の臨床試験と比較すると高齢の患者を対象にした5年間の研究で椎体骨折危険率を52%,大腿骨近位部骨折危険率を48%抑制したという,素晴らしい研究結果が報告されている(#1155)。しかし,プラセボ群と比較して有意に脳血管障害の発生が多いことが明らかになり承認への道を閉ざさざるを得なかった(#1155,#1156)。メルク社に用意されたブースのあるべき場所は人影もまばらで,ソファとテーブルが整然とおかれていた。
期待される新薬
近日中の承認が期待される新薬の1つは,抗スクレロスチン抗体であるロモソズマブ(Romosozumab)である。スクレロスチンは骨細胞より分泌され骨芽細胞分化を抑制し,破骨細胞分化を促進する。抗体でこれらの働きを抑制すると骨形成が促進され,骨吸収が抑制される。テリパラチドとの1年間の比較研究では,テリパラチド投与により腰椎骨密度は6.9%,大腿骨近位部トータルは0.8%上昇するのに対し,ロモソズマブ投与により,それぞれ12.3%および3.9%上昇すると報告されている1)。実地臨床において,ロモソズマブはテリパラチドと同様に1年程度の短期的な使用が目論まれており,その後は強力な骨吸収抑制薬によるリモデリングの抑制が必要になる。ロモソズマブを1年投与した後に1年間デノスマブを投与した研究では,2年目のデノスマブ投与期間中の椎体骨折が0.6%,非椎体骨折が1.6%であったのに対し,未治療患者(1年間のプラセボ投与)に対してデノスマブを1年間投与した患者では椎体骨折が2.5%,非椎体骨折が2.1%であり,危険率はそれぞれ75%と25%減少した(#1096)。ロモソズマブの骨折抑制効果のみでなく,骨脆弱性の著しい患者に対しては,骨量増加効果のある薬物投与の後に強力なリモデリング抑制薬により骨折抑制効果がより顕著になることが確認できる結果であった。
一方,副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)アバロパラチド(Abaloparatide)の臨床治験も進められており,18カ月の骨密度増加効果,椎体骨折抑制効果が報告された。PTH受容体1型には副甲状腺ホルモン(PTH)とPTHrPが結合し,シグナルが伝達される。PTH受容体1型にはR0とRGという2つの配列があり,R0に結合するとシグナルは長時間発せられるが,PTHrPはRG配列に親和性が高く,短時間シグナルを発する2)。PTH受容体からのシグナルは破骨細胞を活性化するので,シグナルが短ければ破骨細胞の活性化が持続せず,形成と吸収の差の積分(anabolic window)は大きくなる3)4)。したがって,テリパラチドより高い骨量増加効果が期待できる。テリパラチドの連日製剤と比較した臨床試験では,骨形成はテリパラチドと同様に早期から上昇するが,骨吸収はさほど上昇しない。その後もテリパラチド連日製剤ほど代謝回転を亢進しないが,骨密度上昇効果は腰椎,大腿骨近位部トータル,大腿骨頸部のいずれの部位においても6カ月の時点で凌駕している。骨折抑制効果においても,新規椎体骨折の相対危険度(relative risk:RR)はテリパラチド0.20に対して,アバロパラチド0.10であり,治療必要数=1つの骨折を防止するために治療を行った患者の人数(number need to treat:NNT)はそれぞれ30人と28人であった。非椎体骨折のハザード比(hazard risk:HR)はテリパラチド0.72に対してアバロパラチド0.57,NNTはそれぞれ92人と55人であった(#MO0280)5)。さらに,アバロパラチドは腎機能が軽度(クレアチニンクリアランス:CrCl 60~<90 mL/min;CrCl=GFR÷0.715)から中等度(CrCl<60 mL/min)に低下した患者においても同等に骨密度増加効果があることが報告された(#SU282)。慢性腎不全患者の骨代謝異常(CKD-MBD:CKD-mineral and bone disorder)では骨形成と骨石灰化が同時に障害される。これまで効果的な治療法はなく,慢性腎不全の患者を対象にした研究の意義は大きい。
骨吸収抑制薬の最新知見
デノスマブは強力な骨吸収抑制作用により骨リモデリングを制御する。あたかも,瞬間凍結により,そのものの形態を維持するがごとくである。当然,骨形成も制止すると予測されるが,カニクイザルの大腿骨近位部では,デノスマブ投与後18カ月経過しても部分的に骨形成を示す骨標識がみられることを示す蛍光顕鏡写真がJournal of bone and mineral research誌の表紙を飾り,衝撃を憶えた6)。ヒトでも同様か否かが気になるところであるが,10年間デノスマブを投与した閉経後女性の腸骨では,骨構造はそのまま保たれているにもかかわらず,77%の患者で海綿骨に骨標識がみられ,55%で皮質骨に骨標識がみられたと報告された(#1005)。サルと同様にヒトにデノスマブ投与を続けていても,部分的には骨形成が起こり得ることが証明された。
一方,デノスマブ投与は強力にリモデリングを制御するため,骨の新陳代謝が静止しmicro crackが蓄積する危険性が指摘されている。デノスマブを中断すると,急激に骨脆弱化が進行し多椎体に骨折を生じる危険性があることが2016年に報告された7)8)。その2報を受けて,3年から7年間の臨床試験の結果が再解析された。治験中にデノスマブ投与を中断した患者のうち5.6%に椎体骨折が生じており,そのうち60.7%は多椎体骨折であった。一方,プラセボ投与群で生じた椎体骨折のうち多椎体骨折は34.5%であった。しかし,椎体骨折には多くの因子が関わっており,単純に比較はできない。ロジスティック回帰解析では,既存椎体骨折のある患者に多椎体骨折が起こりやすく,デノスマブ投与により骨脆弱化が進行した可能性は否定的と報告された(#1100)。統計解析の結果はどうであれ,デノスマブは一旦投与を開始すると中止することも,ビスホスホネートやテリパラチドへ変更することも難しい。日本では広く行きわたっているが,適応を慎重に検討すべきではないだろうか。
これまで多くの臨床試験は,平均年齢が60歳代から70歳代と比較的若い高齢者が対象であった。しかし,日本では90歳代の大腿骨近位部骨折が増加の一途を辿っており9),現在使用できる骨粗鬆症治療薬がこれら超高齢者に対して有効であるか否かが不確かである。しかし,平均92.3歳という超高齢者の集団においてアレンドロネート投与により大腿骨近位部骨折危険率が減少することが報告された。超高齢者であっても,やはり強力な骨吸収抑制薬によるリモデリング制御は有効であり,QOL維持のために治療の導入・継続は必要である(#1006)。
骨粗鬆症治療にかかわる新たな課題
The New York Timesの6月1日の新聞に「Fearing Drugs' Rare side Effects, Millions Take Their Chances With Osteoporosis」という記事が掲載された。ビスホスホネートの使用は2008年には55歳以上の約16%が使用するに至ったが,2012年にはピーク時の50%以下まで減少した。顎骨壊死や非定型大腿骨骨折などビスホスホネートによる有害事象が報告される度に,ネットの検索頻度が上昇することが示されている10)。海外では実際に投薬を勧めても拒否されることが多く,その理由として,[1] 骨折危険率の低い患者では投薬を受ける利点が分からないこと,[2] 長期投与の利点が明らかでないことがあげられている。米国骨代謝学会および関連学会は「骨研究に携わる科学者や医療スタッフは骨粗鬆症治療を行わない危険性をもっと訴えなければならない」と声明をだした(Clinical Evening -Can We Close the Treatment Gap for Osteoporosis?)。
おわりに
新薬の開発に沸いた一時の隆盛も,開発が一段落し,一部の薬剤では特許期間を終えASBMR 2016 annual meetingは以前よりも落ち着いた雰囲気だった。そのような状況において,この度のオダナカチブの開発中止はとても残念な出来事だったが,この約20年の間に開発されたリモデリング調整薬ではまだ長期にわたる骨粗鬆症治療に十分対応しているとは言い難い。リモデリングを維持しながら骨量を維持する薬はないものだろうか。状況は徐々に厳しさを増してはいるが,日本の誇る開発力で新たな骨粗鬆症治療薬が生まれることを期待する。
文献
1) Genant HK, Engelke K, Bolognese MA, et al:Effects of Romosozumab Compared With Teriparatide on Bone Density and Mass at the Spine and Hip in Postmenopausal Women With Low Bone Mass. J Bone Miner Res. 2016 Aug 3. doi:10.1002/jbmr.2932, 2016.
2) Hattersley G, Dean T, Corbin BA, et al:Binding Selectivity of Abaloparatide for PTH-Type-1-Receptor Conformations and Effects on Downstream Signaling. Endocrinology 157(1):141-149, 2016.
3) Isogai Y, Akatsu T, Ishizuya T, et al:Parathyroid hormone regulates osteoblast differentiation positively or negatively depending on the differentiation stages. J Bone Miner Res 11(10):1384-1393, 1996.
4) Bilezikian JP:Combination anabolic and antiresorptive therapy for osteoporosis:opening the anabolic window. Curr Osteoporos Rep 6(1):24-30, 2008.
5) Miller PD, Hattersley G, Riis BJ, et al:Effect of Abaloparatide vs Placebo on New Vertebral Fractures in Postmenopausal Women With Osteoporosis:A Randomized Clinical Trial. JAMA 316(7):722-733, 2016.
6) Ominsky MS, Libanati C, Niu QT, et al:Sustained Modeling-Based Bone Formation During Adulthood in Cynomolgus Monkeys May Contribute to Continuous BMD Gains With Denosumab. J Bone Miner Res 30(7):1280-1289, 2015.
7) Popp AW, Zysset PK, Lippuner K:Rebound-associated vertebral fractures after discontinuation of denosumab-from clinic and biomechanics. Osteoporos Int 27(5):1917-1921, 2016.
8) Aubry-Rozier B, Gonzalez-Rodriguez E, Stoll D, et al:Severe spontaneous vertebral fractures after denosumab discontinuation:three case reports. Osteoporos Int 27(5):1923-1925, 2016.
9) Orimo H, Yaegashi Y, Hosoi T, et al:Hip fracture incidence in Japan:Estimates of new patients in 2012 and 25-year trends. Osteoporos Int 27(5):1777-1784, 2016.
10) Jha S, Wang Z, Laucis N, Bhattacharyya T:Trends in Media Reports, Oral Bisphosphonate Prescriptions, and Hip Fractures 1996-2012:An Ecological Analysis. J Bone Miner Res 30(12):2179-2187, 2015.