日本骨代謝学会

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骨代謝の千両役者、骨格幹細胞〜その永遠なる旅

テキサス大学ヒューストン校歯学部 小野 法明
  • 骨格幹細胞
  • 細胞系譜追跡
  • 骨系統疾患

骨の研究に携わる者ならば誰もが、骨が驚くほど柔軟で可塑性を備えた器官であることを知っている。骨は吸収と形成のサイクルを繰り返し、血中のカルシウム濃度の厳密に維持する調整弁として役割を担い、また骨折した場合には速やかに自己修復する優れた再生能力を備える。胎生期から成長期にかけて骨は驚くほど大きくそして強くなるが、最終的には加齢などの要因により脆くなり、大腿骨頭などの重要な部位の骨折は寿命の短縮に直結する。歯を支える歯槽骨が減少し歯を喪失することは、野生動物では生命の終焉を意味する。すなわち脊椎動物は、その生命を維持するために骨を作る骨芽細胞を常に作り続けられなければならない運命にある。その骨芽細胞を作り続ける供給源となるのが、骨系の細胞に特化した体性幹細胞、すなわち骨格幹細胞である。この骨格幹細胞は多様な機能を持つ細胞の一群として注目されている。骨格幹細胞の概念は、当初骨髄環境で造血幹細胞の対をなす幹細胞としての位置から展開し、その単離が比較的簡便であることから、再生医工学的な応用を主眼とした研究をもとに発展した。近年これらの細胞の生体内での局在と機能が突き止められ、骨格幹細胞が骨のバイオロジーの多様な局面において担う役割が明らかとされた。当研究室では、細胞運命を生体内で解析する細胞系譜解析法を中心としたアプローチ用いて、骨格幹細胞が果たす機能の解析に積極的に取り組んでいる。

筆者は歯科医師一家の三代目として育ち、自らが選ぶべきキャリアに疑問を抱くこともなく東京医科歯科大学歯学部に入学した。そこでさまざまな教官の先生方が興味深い研究に取り組んでいることを目の当たりにし、大きな刺激を受けた。学部の基礎配属実習で一條秀憲教授の講座に配属され、ツーハイブリット法を用いた標的遺伝子の探索に従事し分子生物学の基礎を学んだことが、その後の礎となった。卒後、大学院で歯科矯正学を専攻し臨床を研鑽する上で、骨が診断と治療において中心的な役割を担うことを認識し、自然に骨研究に興味を抱いた。大学院時代に転換点となったのが、野田政樹先生の研究室に配属されたことである。野田研で遺伝子改変マウスを用いた実験と骨代謝の基礎を叩き込まれ、知的で刺激的な四年間を過ごした。野田先生がリーダーを務めるCOEプログラムを通じて海外の研究者と交流する機会を得て、大学院卒業後に研究留学をすることを志した。留学するきっかけとなったマウスとの出会いは、セミナーがキャンセルされたことを知らずに早朝に研究室に現れた筆者と、野田先生との偶然のディスカッションから生まれた。二年間の医員として勤務したのち日本学術振興会の海外学振のサポートを受け渡米し、マサチューセッツ総合病院のハンク・クローネンバーグ先生の研究室に所属した。当初は骨芽細胞系の幹細胞を同定することを目指し、当時造血幹細胞で用いられていたラベル保持細胞の解析に取り組んだが、バックグランドが大きく系が思うように動かなかった。ここで転機となったのが、モデルを変え成長板軟骨の研究に足を踏み入れたことである。これは当時成長板軟骨に取り組んでいた同僚の先生たちの研究に触発されたことによるもので、環境とタイミングが合ったことが幸いした。成長板軟骨の静止層には細胞周期が非常に長い軟骨細胞の一群が存在することが知られており、ラベル保持細胞を解析する系として適していた。また成長板軟骨は骨格系組織の中でも特殊で、上皮細胞のように階層的に構築されており、幹細胞の研究に適していた。そこで静止層軟骨細胞の発現遺伝子の解析とその細胞系譜の追跡に集中した。その中で静止層軟骨細胞のマーカーとして副甲状腺ホルモン関連ペプチド(PTHrP)遺伝子を用い、細胞系譜追跡のためタモキシフェン誘導型のCreERマウスを作成した。そのラインの一つが静止層軟骨細胞に特異的に発現しており、これが後にNatureに報告する所見の決定的なツールとなった。


細胞系譜追跡

ハンクからの”It’s just a mouse away”という激励の言葉でこのマウスを作成したが、クローニングで生育したコロニーが僅か二つ。そのうち一つが正しいクローンで、それが幾つかの細胞種特異的なラインを作り出し、その後のすべての仕事につながった。その過程で他の軟骨細胞の系譜解析に取り組んでいる折、軟骨細胞が骨芽細胞に転化することを報告する一例となる機運を得て、この領域での確固とした足がかりを掴んだ。

この成果からポスドクの半ばでNIHのK99グラントを獲得し、ミシガン大学歯学部でアシスタントプロフェッサーとして独立する機会を得た。優秀なポスドクの先生たちに恵まれ、数多くの興味深い仕事を報告することができた。ラボの黎明期に大きな力を発揮していただいた、水橋孝治先生、坂上直子先生、松下祐樹先生には深く感謝したい。成長板軟骨の静止層に骨格幹細胞を同定し、さらに骨髄においても間質細胞の可塑性と内骨膜の骨格幹細胞を同定し、骨研究領域に微力ながら貢献することができたのではないかとと考えている。ミシガンに在籍した七年間はミシガン大学歯学部の黄金期にあたり、アメリカの歯学界で大きな影響力をもつ先生方々と出会うことができ、それが今日に繋がっている。テキサス大学へ移籍は様々な要因が絡み、熟慮を重ねた上での決断であったが、研究室をさらに発展させる結果となった。自らのキャリアの長い旅はまだ始まったばかりである。

これまでの筆者を含めた領域全体の取り組みにより、骨格幹細胞の生体内における同定は一段落を迎え、現在、多様な骨格幹細胞が多様な位置に存在にして多様な役割を果たしているという概念が定着したと認識している。筆者の研究室の次の目標として、これら骨格幹細胞がどのように骨系の疾患に関与しているか、またその治療標的となりうるかを解明することを掲げ取り組んでいる。研究室が得意とする細胞系譜解析に加え、単細胞、空間トランスクリプトーム解析などの最新鋭で高価なアプローチを活用し、骨格幹細胞の細胞運命と遺伝子発現の変化がどのように骨の表現型として体現するかを多面的に解析している。新しいツールを作ってこそ初めて新しいバイオロジーが解る、ということを研究室のモットーとし、新たな発見を大切に、研究の質と再現性を重視することを心掛けている。現在の研究室のプロジェクトは、骨系腫瘍の形成メカニズムの同定、顎顔面領域の骨格系疾患の幹細胞中心的な立場からの解析、内骨膜微小環境による腫瘍骨転移の制御など多岐に渡る。長期的には、私たちの所見が骨系統疾患の新たな治療標的を同定する一助となれば、と願っている。幸いにも8年800万ドルの大型グラントR35を拝受し、長期的な安定した立場で挑戦的な研究に取り組むことができる環境にいる。

テキサス大学ヒューストン校歯学部はテキサスメディカルセンターの南キャンパスに位置し、自称世界最大のメディカルセンターの一端を担っている。研究棟は築十数年と比較的新しく、オープンレイアウトで機能的である。筆者の現在の研究室はポスドクを中心に構成している。多様性に重きを置くアメリカ社会において、日本人の先生を中心としたチーム構成になっていることは幾許か反省の余地があるが、自分たちが思ったサイエンスを体現するためには高い意志とハードワークが必要であり、その目標を達成するための最高のメンバーが集まっている。


小野研究室の写真

加えて、多様なバックグランドを持つ歯学部生や研修医の研究を積極的に受け入れている。歯学部の基礎講座の教官として、将来的に研究への興味を示す人が少しでもいてくれればと願い学生の研究指導を続けている。一方で細々とではあるが、矯正歯科外来で研修医を臨床指導する機会を授かり、自らの糧としている。また近年、年間40本近くの論文査読に加え、40本近くをJBMR Plusのエディターとして査読をし、さらに約20本程度のグラントの査読をこなしている。自分を育ててくれた骨研究領域のコミュニティの一員としての重要な責務と考え、良い仕事をサポートしながら領域全体を持ち上げる一助ができれば、と願い真摯に取り組んでいる。これらの貢献が直近のアメリカ骨代謝学会(ASBMR)からのFuller Albright Awardの受賞に繋がったと考えている。


ASBMRプログラム委員会

骨研究領域は比較的コンパクトで、フェアでサポーティブな研究者が多く、コミュニティとしての結束力は少なからず存在する。筆者もアメリカで15年間に北東部、中西部、南部と巡った結果、ネットワークが飛躍的に広がり、コミュニティからのサポートを強く感じ、感謝している。

筆者は特に研究以外趣味といったものはないが、バーベキューグリルでの料理を得意としている。写真にあるのはビックグリーンエッグという、日本の七輪を模倣してサイズを大きくした陶器の窯である。


ビッググリーンエッグ

テキサスは言うまでもなく牛肉の本場で、ステーキは上質で廉価。ヒューストンはメキシコ湾に近く、アメリカの中でも食べ物が美味しい街として知られている。特にメキシコ湾の牡蠣、ガルフオイスターは大粒で美味である。ヒューストンは航空宇宙産業、石油関連の企業が多く進出し、高い経済力を誇り人口が増え続ける全米第4の都市である。多様性に富む人種のツルボで、英語に癖があっても気にする人はいない。片道6車線あるいような巨大なインターステートが街を張り巡る一方で、公共交通機関は貧弱で車が必須である。文化的な活動が充実しており、全米最大規模の中華街があり、住んでいて飽きることがない大都市である。ヒューストンは一年のうち屋外で活動できる時期が長く、半年程プールで泳ぐことができる。筆者の娘はヒューストンのインターナショナルスクールに通学し、多様な国籍の子女と共に学び、国際色豊かに育っている。

次世代の研究者は、これまで以上にさらに高いコミュニケーション能力が求められる。日本人の研究者の先生の中には時折、技術的に精度の高い素晴らしい仕事をしながら、そのインパクトをコミュニティに的確に伝えることに苦労されている例を散見する。これを脱するためには、語学能力だけではなく、領域を大きく見る力、すなわち他の関連領域の研究を鳥瞰し理解を高めた上で、自らの研究の位置づけをしっかりと捉える力が必要となる。多くの困難に直面したときに、それを自分の糧として成長する機会と捉え、最終的に喜びに変える前向きな思考回路を持ち合わせることも大事である。そのどれも一朝一夕で習得することができる能力では決してない。自分が立ち向かう毎日が鍛錬する場と捉え、自身を成長させる機会を窺がうことが重要である。その一方で、自分に与えられたキャリア、そして目の前にあるプロジェクトを心から楽しむ余裕も持ち合わせたいところである。骨研究は数ある研究領域の中でも特に楽しい分野で、充実して良い仕事をすればコミュニティからのサポートを確実に受けることができる。このような領域は他にあまり見られない。骨研究領域は、次世代の研究者に新たな機会を提供し続ける力を内在している。