日本骨代謝学会

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Infinite dream

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骨格を骨格とした遺伝子発現研究の世界

東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 システム発生・再生医学分野 浅原 弘嗣
  • 軟骨
  • 腱・靭帯
  • 遺伝子発現

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
2004年 国立成育医療研究センターでの初日。橋本、味八木、浅原の3人でスタートしました。

整形外科医を志してみたものの、当時、神業と思えた先輩先生方の手術をもってしても十分な治療が困難な疾患、障害が多くあることに衝撃を受け、同時に、沸々とわいてくる研究への興味を当時の岡山大学整形外科の教授、井上一先生に相談しましたところ、研究医への道を強く応援くださいました。

しかし、病理を観察しても、当時はやりの細胞シグナルを勉強しても、難しすぎて、よく理解できない。どうせわからないなら、整形外科の手術のように、皮を切り、肉を切り、骨まで届けとばかりに、これ以上はもう切れない核の中を覗いてみたいと思いました。

DNAプログラムが動き出し、細胞を、ひいては個体全体を調和する遺伝子発現メカニズムにおいて、転写因子が重要な役割を果たします。Weintraubらによって一つの転写因子MyoDが筋の分化を誘導できるという大発見は、金字塔として全身の臓器、組織のマスター転写因子のハンティングを牽引し、また、分化・発生は同期して発現する転写因子群がグループとして相補、相乗的に働くこともわかってきました。岡山大学大学院からハーバード大学引き続きソーク研究所のMarc Montminy研究室にポスドクとして、転写因子による遺伝子発現機構の解析に従事するなかで、運動器を中心とした組織特異的な遺伝子ネットワークの解析をしたいと思うようになりました。

スクリプス研究所にて細々と研究室を主宰していたところ、国立成育医療研究センターにおよび頂いた時は、ちょうど、タンパクをコードする遺伝子と、その中で転写因子をコードするものがおおよそ同定されたことでした。この中で、組織特異的な発現をするもの、組織間で共通の発現をするものを見出すには、全身の遺伝子発現を隈なく解析するホールマウントインサイチューハイブリダイゼーションがベストです。1200程度と考えられた転写因子の全ての発現をマウスの胎児発生過程において全身で、特に組織・臓器発生がダイナミックにおこる9.5日、10.5日、11.5日胚で見てみたい。いろいろな研究の専門家にも見てもらいたい。当初人もお金もありませんでしたが、なんとかプローブを作成する予算を獲得したころには、全国から10名ちょっとの仲間が集まりました。メンバーに共通するのは、すでに効率のよいWISHの検討を始めていた当時大学院に入ったばかりの横山さん以外は、全員ピペットももったことのない全くの素人であること。バックグラウンドは多用で、専門学校の学生から、バリバリの外科医まで、皆手弁当で、プロジェクトに参加くださいました。

誘い文句は“RNAから染色まで、発生からポストゲノムまで一通り手に付ける”ことができるです。グループでこれから後世にのこるデータを作成し、10名の仲間でお互いのデータを共有しあって、その中から、自分の転写因子を探し出すことができます。そして、全転写因子をWISHで観察することができるのは、まだ誰もやっていない、今、この機会しかないと思われました。

全転写因子が1000として、ノルマは一人100になります。実際にスタートしてみると、若い学生の活躍に、エリート医師がタジタジとなったり、一つのデータベースとして完成させるには全員のクオリティを保障するため、前述の横山さんがやり直したりと毎日大変な騒ぎを繰り返しました。しかし、このようなフラットで全員が同じ目標に同じ手法で向かうという経験は、ずっとトップで仕事をしてきた医師としても学ぶことがあったと言って頂いたり、専門学校の学生の中には、最終電車で帰っても父が起きてくれていて、何が新しい発見かきいてくれることがうれしい、と言ってくれたり。皆が、頑張りすぎないように気を配るのが私の仕事でした。

毎日積み上げるデータからはとにかく面白いことが溢れでてきました。真夏の満天の星空のように肢芽を埋めつくす想像もしていなかった遺伝子発現の景色は、それに意味がないはずがないと確信させるもので、また今ある教科書的な情報がなんと薄っぺらいものかと心震わせるものでした。せっかくのデータをどうにか世界の研究者に共有してほしいという願いは、大学時代の同期の橋本さんの力をかりて、3次元的な顕微鏡写真の取得を開発、バーチャルな研究室であたかもリアルタイムにWISHデータを観察するようなAEROデータベースが完成されました。現在はクラウド化され、エジンバラ大学のEMAGEと相互乗り入れも果たし、世界最大級のデータベースとして今も活躍してくれているEMBRYSデータベースは、既に多くのスピンオフ研究を生み出しています。

例えば、当時は番号しかついてなかったMkxは一目で腱・靭帯に特異的な遺伝子発現をするものとして、データ取得の次の週からノックアウトマウス作成に取り組みました。 ノックアウトマウス作成も全ての工程をラボ内で行おうと、ラボ内でチームを作り、ターゲッティングベクター作りからES扱い、マウスへのインジェクションまでラボ立ち上げから1年ほどで確立し、当時ポスドクとして参加してくれた工藤さんや大学院生さった佐藤さんとともに多くのノックアウトマウス作成に成功するようになりました。国立成育医療研究センター研究所はまだ新築ほやほやで、マウスのケージを買うところから始め、テクニシャンを雇う余裕もなかったことを考えると、今振り返ってもどんどんノックアウトマウスが生まれるようになったのは奇跡のように思います。

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
国立成育医療研究センターの研究所棟の新築工事。着任当時はまだ、太子堂に研究所がありました。

このシステムのおかげで、遺伝子発現の新たな切り口として、当時ポスドクの味八木さんと始めた組織特異的なマイクロRNAの研究においても、miR-140のノックアウトマウス作成に成功します。また、TALENやCRISPRのシステムでの遺伝子改変をいち早く成功でき、シリーズでY染色体のノックアウトマウスの作成に成功したのも、ノックアウトラットの作成と解析で先鞭をつけることができたのも、苦労はしましたが全てのシステムをラボ内で立ち上げてきたおかげです。最初に無理してよかった、と思います。

WISHデータベースと平行してもう一つ取り組んだのが、細胞ベースでのハイスループット・ファンクショナルゲノミックススクリーニングです。1997年、留学時代、私の所属したハーバード大学Cell Biologyでは、遺伝子ライブラリーを小さなプールに分けて、スクリーニングを機能的に行うという戦略が全盛期でした。その威力をまざまざと見せつけられていたので、全ての遺伝子を機能的にアレイし、ロボティックスを駆使したハイスループットでスクリーニングするというスクリプス研究所のシステムには驚愕しました。私たちも、過剰発現系にこだわり、大学院生だった浅田さたちと一緒に立ち上げることにしました。当時は予算がなく、複数の企業に相談をもちかけ、それぞれの企業の興味あるスクリーニングを行うことを条件に、システム立ち上げの予算を確保することができました。また、RNA階層での機能スクリーニングを行うためのオリジナルライブラリーは2005年くらいからスタートして、やっと2017年に完成、PNASに報告することができました。振り返ると大変な道のりでしたが、おかげで、随分ピットフォールを経験でき、リカバリーの仕方を学ぶことができ、これが今の医科歯科大学のファンクショナルゲノミックスや産業総合研究所の夏目博士と共同で行っておりますロボットを用いた骨関連研究に繋がっています。

いわゆる一人部長として成育センターに赴任し、右も左もわからない中で、常に鼓舞くださったのが、今、学会理事長の田中栄先生でした。周りの先生が訝し気に、どうして田中先生がお前を支援・擁護するのかわからない、といわれるのを申し訳なく思いながら、いつかは成果でご恩返しをと思っているうちに早10年以上になります。まとめて今までの借りをお返しするようなホームランはとても無理そうですし、シニア研究者としてそろそろ、いろいろな形で少しずつ本学会に貢献しなくては、引退までに、とても間に合いません。お世話になってきた先生方、学会の御恩に微力ながら報いていきたいと思うこの頃です。