日本骨代謝学会

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姿勢・筋・運動療法:骨粗鬆症患者に対する新たなアプローチ

東北大学大学院医学系研究科医科学専攻外科病態学講座整形外科学分野 教授 井樋 栄二
  • 姿勢
  • 運動療法
  • ビタミンD

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
1993年10月 第55回米国物療医学リハビリテーション学会(フロリダ州マイアミビーチで開催)で背筋運動の効果をポスター発表。

 私が1883年に東北大学整形外科に入局したときの教授は若松英吉先生でした。骨硬組織の研究を中心にしておられました。私は当時の佐藤光三講師(現在の秋田大学名誉教授)のもとで骨粗鬆症の臨床を教わり、骨粗鬆症患者の姿勢についての研究で櫻井 實教授の時代に学位を取得しました。その後、1990年から2年半米国ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨークリニックに留学しました。主たる目的は整形外科バイオメカニクス研究室において肩関節のバイオメカニクスの研究をすることでしたが、同じメイヨークリニックの物療医学リハビリテーション科のMehrsheed Sinaki先生と共同研究をするという狙いもありました。学位研究でSinaki先生の背筋運動をはじめとする多くの研究に接する機会があり、できたら共同研究したいと願っていたからです。Sinaki先生の秘書に電話で面会の予約をもらい、当日、学位論文とそれに関連する研究論文の別刷りを持って勇んで面会にいきました。Sinaki先生はもともとイラン出身で学生時代に米国に来た先生です。Mehrsheedという名前はイランの女性の名前ですが、それを知る由もない私はてっきり男性だとばかり思っていましたので、目の前に現れた女性は秘書さんかと思い、Sinaki先生に面会に来ましたと伝えたところ、「それは私です」と言われ驚いたことをつい昨日のことのように思い出します。彼女はこちらの研究のことをすでに知っており、同じような領域で研究をやっているので、共同研究をしましょうということになりました。すでに彼女が始めていた背筋運動の2年間の前向き研究に参加し、背筋運動後の姿勢の変化、背筋力についてのデータを収集し、解析を行いました。このときの研究で明らかになったことは、健康な閉経後女性を対象に高負荷背筋運動を行うと、背筋力が増し、後弯姿勢の人では後弯が減少する、すなわち姿勢がよくなるということです(Mayo Clin Proc掲載)。

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
2000年10月 第2回日本骨粗鬆症学会(佐藤光三会長、秋田市開催)に特別講師として初来日したSinaki先生を囲んで(佐藤光三会長ご夫妻とともに)。

 帰国後、1994年に東北大学から秋田大学に異動になり、秋田大学整形外科の佐藤光三教授のもとで講師として働くことになりました。秋田大学でも引き続き背筋運動の研究を続けましたが、佐藤光三先生はPTHの研究を中心に大学院生を指導しておられました。1997年—98年に再度、メイヨークリニックに留学する機会が与えられ、再びバイオメカニクスのラボとSinaki先生との共同研究を行うことになりました。前回の研究が終わって8年経っており、その被検者たちを再度調査することにより、2年間行った背筋運動によって得られた背筋力は8年後にも対照群と比較すると有意に高いこと、またその間に両群に椎体骨折が生じましたが、運動群では椎体骨折発生の相対リスクが63%低下することが判明しました(Bone掲載)。これが運動療法による椎体骨折の予防効果を世界で初めて明らかにした論文になります。

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
2004年10月、シアトルで開催された米国骨代謝学会に参加。
シアトルマリナーズのイチローが10月1日にメジャー歴代シーズン最多安打記録257本を更新し、10月3日の最終試合までに262本まで記録を伸ばした。スタジアムは超満員、学会場は閑散。

 背筋運動が筋力、姿勢、QOLの改善および骨折予防効果をもたらすとすれば、骨粗鬆症患者に使わない手はありません。その後の研究で、重りを全く使わない低負荷背筋運動でも背筋力獲得効果があることが判明し、骨粗鬆症患者に対して安全性の高い低負荷背筋運動を進めることにしました。低負荷背筋運動によって骨粗鬆症患者においても背筋力増強とQOL改善が得られることが分かりました。

 一方、活性型ビタミンDは私が入局した頃から骨粗鬆症臨床に使われていました。骨密度増強効果はほとんど認められませんが、骨折抑制効果があることで注目されることになった薬物です。すなわち骨密度増加以外の作用で骨折を抑制していることが示唆されました。その後の研究で、血中ビタミンDが低値の人は立位バランスが悪く転倒しやすいことや、ビタミンDを内服することによって大腿四頭筋や握力などの筋力が増強することなどが判明し、さらにビタミンDを内服することで転倒が減少することも明らかになってきました。メタ解析の結果、ビタミンDは転倒の危険性を2割低下させることが明らかになっています。

 その作用機序を細胞レベルで調べてみました。筋芽細胞の増殖期と分化初期においては活性型ビタミンDが筋芽細胞に作用して増殖・蛋白合成に抑制的に働きますが、分化後期においては筋管細胞に作用してIIa型のミオシン重鎖の合成を促進することが判明しました。ラットを用いた動物個体レベルでの実験では、活性型ビタミンD3を内服させることで、下腿三頭筋の筋力が有意に増加しましたが、筋疲労には影響しないことが分かりました。これも活性型ビタミンDが速筋線維の合成に関与していることから理解できる結果です。

 新しい活性型ビタミンD誘導体であるエルデカルシトールが臨床的に広く使われるようになってきました。この薬物にも同様の効果があるようです。細胞レベルではすべてのタイプの速筋型ミオシン重鎖の合成を促進することが分かり、臨床症例における筋力増強、転倒防止の効果を前向きに検討中です。

 活性型ビタミンDは服用するだけで筋力増強効果がありますので、これを運動療法と併用することで運動効果を更に高めることが可能になるかもしれません。これまで行ってきた背筋運動に活性型ビタミンD内服を併用することで筋力増強効果にどのような影響を及ぼすかを明らかにするために、無作為化臨床試験を行いました。その結果、活性型ビタミンDを内服した群において、より大きな筋力増強効果が得られること、そして腰椎前弯減少を食い止める効果のあることが分かりました。

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
2009年9月にデンバーで開催された米国骨代謝学会に参加。エヴァンス山へ行く途中のエコーレイク湖畔にて。

 背筋運動の問題点として、姿勢の悪い人にとってはうつ伏せで上体を持ちあげる動作はかなり困難ですし、後弯変形の強い人はうつぶせになることすらできないことがあります。そのような患者さんに対して他の運動で背筋力をつけることを検討中です。例えば、週2回の太極拳を1年間続けると背筋力が約15%増強することが分かりました。どのような運動をどのような強さ、頻度で行うことが背筋力、姿勢、QOLの改善や、さらには転倒や骨折予防にもっとも効果的なのかを今後解明してゆきたいと考えています。

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
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