日本骨代謝学会

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Infinite dream

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研究を楽しみ、かつ謙虚であれ!

明海大学歯学部口腔解剖学分野 羽毛田 慈之
  • 破骨細胞
  • 骨細胞
  • 骨芽細胞

「カテプシンKは明海で発見されたのだよ」1)。ある日の授業でこういうと、学生たちの目が一斉に輝きます。それは驚きと誇らしさに満ちています。カテプシンKとは、破骨細胞による骨吸収の際、骨の有機基質の主成分であるコラーゲンを分解する酵素で、現在、どの教科書にも載っていて、国試にも出題される酵素です。そして、付け加えて、「カテプシンKのKは何かというと、先代の口腔解剖学の教授の久米川(Kumegawa)先生のKと、当時うちの教室の助手であった発見者の手塚建一(Ken-ichi)先生,そして、うちと共同研究をし、ヒトのカテプシンKを同定したチバガイギーの小久保(Kokubo)さんのKなのだよ」。そうすると学生が「先生はどうしていたの?」と尋ねる。「私は当時、助教授だったが、別の研究をしていて、傍らで見ていたよ。残念!」。どっと笑いが起きる。これで学生は国試においてもカテプシンKを忘れることはないだろう。私の「骨」の授業の一コマです。
今回、田中良哉 理事長、高柳 広 広報担当理事,中島友紀 広報委員長から「トップランナー」の執筆を依頼され、最初に思ったことは、なぜ私が「トップランナー」?ということでした。決して私は「トップランナー」とは思っていません。ただ、骨代謝研究の創成期から研究を始め、早30年が過ぎていったのみです。しかし、折角ですのでこの場をお借りして、私がどのような骨代謝研究を行ってきたかを少し紹介させていただき、また、これからの若い先生方に私が思っている研究に対する姿勢を述べたいと思います。

私自身、大学の卒業研究(北大理学部)から研究の世界に身を置きはじめ、すでに36年が過ぎようとしています。よくも飽きずに続けているものだと、我ながら感心します。長年続けられる原動力は何かというと、やはり、誰も知らない新しい発見をした時の無上の喜びだと思います。私が骨代謝研究を始めたのは、久米川正好教授が当時東北歯科大学(現 奥羽大学歯学部)で小玉博明先生が樹立した骨芽細胞株MC3T3-E1細胞2)をいただき、骨芽細胞の増殖分化に対して、それまで言われていた骨代謝調節因子を網羅的に調べていた頃でした。すなわち、小玉先生がMC3T3-E1細胞の生みの親だとすると、我々は育ての親というところです。最初に私が担当したのがプロスタグランジン(PG)でした。これは運命的な出会いでした。やればやるほど新しいことが湧いてきました。当時の受容体・リガンドの概念は1つの受容体に対して1つのリガンドが存在するというものでしたが、PGE2に対する受容体がMC3T3-E1細胞には複数存在し、それぞれ異なった情報伝達経路を介して骨芽細胞の増殖分化を調節していることを世界に先駆けて証明いたしました3)

Figuresもすべて手書き
“X” は現在、PGE2受容体のEP1とEP3であることが後に証明されました。お気づきでしょうが,当時は、Figuresもすべて手書きです。

その後、それら複数のPGE2の受容体は京大の成宮周先生のグループによってクローニングされましたが、このPGの研究は、骨芽細胞というparticularityからgeneralityにも通じる発見であったと自負しておりますし、私の最も好きな研究だったかも知れません。PGの一連の研究からIGFとの因子間相互作用の研究に進んでいきました4)

このPGの成果から、私のもう一人のボスであるProf. Larry Raisz(2010年に亡くなられました)の研究室にVisiting Professorとして1年間留学することができました。

Larryの部屋での一コマ
UCONNのLarryの部屋での一コマ(1992年)。背景にFarmingtonの美しい紅葉が見えます。

Larryは本当の意味で骨代謝研究のパイオニアです。現在ではほとんど行われなくなってしまいましたが、45Caをマウスにinjectionし、45Caでラベルされた頭蓋骨を器官培養し、培地に遊離した45Caから骨吸収を定量するというRaiszの器官培養系を開発した先生です。そして、J Bone Miner Resの初代の編集長です。Prof. Larry Raiszは米国Connecticut州FarmingtonにあるUniversity of Connecticut Health Center (UCONN) に所属していました。まさに、UCONNは骨代謝研究のメッカでした。UCONNに関わった骨代謝研究者は数多くしますが、最も名高いのはLarryのほか、すでに故人となられましたが、Gideon Rodan先生, Greg Mundy先生も一時期在籍していました。現在もJoe Lorenzo先生らがUCONNで活躍されています。数多くの日本人もUCONNで研究を行いました。米田俊之先生、野田政樹先生がさきがけです。その後、川口浩先生と私がLarryの研究室で一緒に研究5)をいたしました。もっとも私は1年間という縛りもあり、またポスドクではないという気楽さからかなり自由に研究させてもらいました。しかし、川口先生は私と比べものにならないくらい一生懸命、朝から晩まで研究されていたことを懐かしく思い出します。このFarmingtonで、私はその後の研究生活につながる多くのことを得ることができました。そのもっとも大きなものは、Larryの姿から研究はもとより人生を楽しむということです。これは大きいです。それまでの私はしかめっ面をしながら研究にもがいていましたし余裕などほとんどありませんでした。そこからは良いアイデアなど生まれてくるはずもなく、また、人間関係もぎくしゃくしてしまいます。その面からも私はFarmingtonで救われたといえます。そのFarmingtonでの生活ぶりは私の女房が出版した「ニューイングランド発 よしえつーしん」6)という本の中に詳しく書かれています。

帰国後は骨芽細胞から破骨細胞の研究に移り現在に至っております。現在の中心は、脂質代謝、炎症、骨吸収という3者の関係に焦点を合わせて7)、日夜、大学院生たちと一緒に頑張っています(写真2)。もうすぐ還暦ですがまだまだ若い者には負けません。まさにおじさん(おじいさん?)元気ですということです。そんなおじさんである私がこれからの若い研究者の皆さん方に伝えられることがあるかもしれません。そんな皆さんへ、これから一人前の研究者になるための必要な要素を私なりに考えてみました。

ラボメンバー集合写真
毎年恒例の我が家でのBBQ。
左写真は、私の研究室出身もしくは在籍中の4姉妹、左から次女(林田助教)、長女、三女、四女。右上は佐藤講師.右下は伊東助教。

1番目は、誰もやっていない未知へ挑戦する勇気です。よく大学院生が、自分の研究のキーワードを研究検索サイトに入力して、数多くの研究がヒットしたといって喜んでいますが、これは大きな勘違い。誰もがやっている研究は流行かもしれませんが、あなたの人生で貴重な時間を費やすに値する研究ですかと問いたい。しかし誰もやっていない研究は宝物かゴミのどちらかです。ではどうやって誰もしていない宝物の研究にありつくかというと、多くの情報の中から探し出す嗅覚です。この嗅覚はその人のセンスの部分もありますがやはり訓練です。
 2番目として、誰もしていない宝物の研究は初めから宝物ではありません。磨き上げなければなりません。磨き上げるには膨大な時間が必要です。せっかく磨いたことも曇ってしまうこともあります。そうしたら、また磨きます。この苦悩に満ちたエンドレスに近い作業に耐えることのできる忍耐力が求められます。多くの人はここで挫折します。
 3番目は評論家にならないこと。他人の研究に対して『あーでもないこうでもない』と批判ばかりしている人を見受けることがあります。でもそこからは何も生まれません。まず自分で手を動かすこと。そして怠けないこと。
 4番目には、これが重要なことですが、実験の結果に謙虚であること。結果はすべて真実です。たとえ自分の予想に反した結果が出たとしても、それが真実です。実験の手技が間違って出た結果も間違った手技がもたらした結果として真実です。その結果を真摯に受け止めて発展させることが重要です。思わぬ結果ほど面白く発展性に満ちています。そして、結果に即して自分を変えることです。無理と結果を曲げて研究を進めると必ず破綻します。
 5番目に、良い指導者と出会うこと。私が大学院生だった頃、指導教員は研究テーマも示さず、実験の手法すら何も教えてくれませんでした。すべて独学です。つらかったです。しかし今から考えてみると、そのことで本当に鍛えられました。そしてどこへ行ってもやっていかれる自信にもなりました。しかし、このような教育手法は今では通用しません。そして私自身も望みません。私の望みは若い人たちと研究から得られた喜びを共有することです。信頼できる指導者と出会ってください。(私が良い指導者であるとは言いませんが・・・・)。

最後に、骨代謝学会について、皆さん少しおとなしくなりすぎてはいませんか?本来、骨代謝学会は医学部・歯学部はもとより薬学部・農学部・理学部といった非常に学際的な側面があり、それぞれの立場から、ケンケンガクガクの議論が繰り広げられていたと記憶しております。かくいう私も20年以上前は若気の至りで須田立男大先生と学会中に周りをはばかることなく議論を戦わし、その横でProf. Steven Teitelbaum先生がにやにやしていたのを良く覚えています。大いに議論してください、そしてその中から、かけがえのない人との輪が広がることを確信しています。そして、このユニークな骨代謝学会が大きく発展することを願います。

文献
1) Tezuka K, Tezuka Y, Maejima A, Sato T, Nemoto K, Kamioka H, Hakeda Y, Kumegawa M. Molecular cloning of a possible cysteine proteinase predominantly expressed in osteoclasts. J Biol Chem. 1994 Jan 14;269(2):1106-9.
2) Sudo H, Kodama HA, Amagai Y, Yamamoto S, Kasai S. In vitro differentiation and calcification in a new clonal osteogenic cell line derived from newborn mouse calvaria. J Cell Biol. 1983 Jan;96(1):191-8.
3) Hakeda Y, Yoshino T, Natakani Y, Kurihara N, Maeda N, Kumegawa M. Prostaglandin E2 stimulates DNA synthesis by a cyclic AMP-independent pathway in osteoblastic clone MC3T3-E1 cells. J Cell Physiol. 1986 Aug;128(2):155-61.
4) Hakeda Y, Harada S, Matsumoto T, Tezuka K, Higashino K, Kodama H, Hashimoto-Goto T, Ogata E, Kumegawa M. Prostaglandin F2 alpha stimulates proliferation of clonal osteoblastic MC3T3-E1 cells by up-regulation of insulin-like growth factor I receptors. J Biol Chem. 1991 Nov 5;266(31):21044-50.
5) Pilbeam CC, Kawaguchi H, Hakeda Y, Voznesensky O, Alander CB, Raisz LG. Differential regulation of inducible and constitutive prostaglandin endoperoxide synthase in osteoblastic MC3T3-E1 cells. J Biol Chem. 1993 Dec 5;268(34):25643-9.
6) 中村好江.ニュ-イングランド発よしえつ-しん.近代文藝社.1995年
7) Okayasu M, Nakayachi M, Hayashida C, Ito J, Kaneda T, Masuhara M, Suda N, Sato T, Hakeda Y. Low-density lipoprotein receptor deficiency causes impaired osteoclastogenesis and increased bone mass in mice because of defect in osteoclastic cell-cell fusion. J Biol Chem. 2012 Jun 1;287(23):19229-41. doi: 10.1074/jbc.M111.323600. Epub 2012 Apr 12.