心を揺さぶるだろうか
- 運動器
- 異所性骨化
- 骨形成蛋白(BMP)
この度、日本骨代謝学会のご厚意で、我々の研究を紹介させていただくこととなりました。田中良哉理事長を始め、関係の諸先生に心から御礼を申し上げます。
現在、埼玉医科大学ゲノム医学研究センター病態生理部門では、骨を中心とした運動器の調節機構を明らかにし、それを疾患の治療などに応用することを目指しています。特に、骨格筋の中に異所性の骨組織が形成される遺伝性の難病(進行性骨化性線維異形成症骨化性線維異形成症;FOP)の原因解明と治療法の確立は、最重要テーマの1つです。こうした研究に取り組んだきっかけは、30年近く前に、私自身が大学院でBMP研究に従事したことに遡ります。
TGF-βファミリー
私は、高校3年生の時に、新聞とニュースで利根川進先生のお仕事が紹介されているのを拝見し、「遺伝子を勉強してみたい」と強く思うようになりました。進路指導の先生に相談したところ、「薬学部なら遺伝子を研究しているのではないか。」という助言をいただき、北里大学大学薬学部に進学しました。しかし、入学後、いつまで待っても遺伝子の話は講義や実習に現れません。我慢できなくなった私は、3年生の時に「遺伝子の研究されていませんか。」と1つずつ研究室を訪ねて回りました。
すると、微生物薬品学教室(当時・田中晴雄教授)では、北里柴三郎先生以来の微生物代謝産物の研究だけでなく、隣の北里研究所(当時・大村智所長)で遺伝子組換えを使ったワクチンの研究が可能なことを聞き、その日から研究室に通わせていただきました。プラスミドを酵素で切ったり、電気泳動したり、大腸菌を培養することが楽しくて仕方ない毎日で、毎朝、研究室に直行し、そこから授業や実習に通っていました。
当然のように、そのまま大学院修士課程へ進学すると、新たに「骨を増やす薬を探す」という研究テーマを頂きました。日本骨代謝学会員の皆様には容易に想像がつくと思いますが、30年近く前に骨を増やす薬など無く、唯一、Bone Morphogenetic Protein (BMP)という生理活性物質が骨を誘導することが報告されている程度でした。BMPさえ、クローニングされる前のことです。
私の大学院の実験は、食肉加工場へ車で行き、新鮮なウシの骨を数十kg購入してくることから始まりました。その中に含まれているはずのBMPを抽出するため、毎日、骨をのこぎりで小さく切り、乳鉢で潰すことを繰り返していました。沢山の陶器製の乳鉢だけでなく、自分の背よりも大きな生薬用の粉砕機を壊した時に、骨が硬いことを改めて実感しました。当時の論文に従い、タンパク変性剤でBMP活性を抽出し、低温室で1 mのゲルろ過カラムを数本使って分画しました。タンパク変性剤が原因で機器が錆びて動かなくなるので、カラム操作中、低温室にこもるのは骨が折れることでした。結局、大学院の2年間をかけて僅かなTGF-β様の活性が検出できたものの、BMPを得ることはできませんでした。この時、世界中で多くの研究者がBMPの精製に失敗していたことを知りませんでした。
さらに博士課程に進学し、骨を本格的に勉強するために、昭和大学歯学部生化学教室(当時・須田立雄教授)に国内留学させていただきました。偶然なことに、私が参加した初回のジャーナルクラブで紹介されたのが、1988年の年末にScienceに発表されたBMPのクローニング論文でした。昭和大学では、当時・口腔病理学教室にいらした山口朗先生に骨芽細胞研究をご指導いただき、さらに幸運なことに、BMPをクローニングしたJohn Wozney博士らと共同研究が実現しました。
私達は、BMPが筋芽細胞を骨芽細胞用に分化させることを見つけることができました。これは、BMPが筋組織で異所性の骨を誘導する現象とよく似ていると考えていました。その時、Frederick Kaplan教授が発表したFOPの総説を読み、BMPの移植と似た筋組織内の骨化が起こるFOPという遺伝性の病気があることを知り、とても興味を持ちました。けれど、周囲の研究者や医師に、「FOPという疾患を研究したいのですが。」と話すと、決まって「FOPって何?」という返事が返って来ました。長い間、患者さんに出会うことはできず、米国へ留学中も、図書館へ行ってFOPの文献を集めては、この原因を解明できたら研究者をやめてもいい、と思っていました。
2004年、埼玉医科大学ゲノム医学研究センターへ赴任しました。ヒトの遺伝性疾患を研究する幸運と思い、真っ先にFOPを研究することを考えました。当時、FOPは国内ではほとんど研究されていない状況でしたが、2004年にFOP患者会が設立され、全面的な協力を受けながら研究をスタート出来ました。
今日までの約10年の間に、FOPの責任分子としてBMP受容体が同定され、基本的な発症機序は明らかにされました。遺伝子診断法も確立し、骨化前でも確定診断できるようになりました。けれども、治療法のない現状では、特に小さなお子さんに対して厳しい将来を宣告するだけの状況にあることを痛感しています。FOPの原因が解明できれば研究をやめても良いと考えていましたが、それほど単純ではありませんでした。現在は、FOPを克服するために、治療法の確立に向けて研究室のメンバーと共に努力しています。
ラボメンバー
4年に一度のオリンピックやサッカー・ワールドカップを見ると、全身に元気が湧いてきます。素敵な音楽を聞いたり、小説を読んだり、映画を見ても、同じように心が揺さぶられる時があります。この理由が、一流の人々の仕事だからではではないことは、時に、小さな子供達の言動にも人の心を揺さぶる力があることが証明します。さて、自分はどうでしょう。自分達の研究活動は、誰かの心を揺さぶり幸せにすることができるでしょうか。残された時間で、少しでも目標に近づきたいと思います。
今後とも、日本骨代謝学会会員の皆様のご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。
研究所住所
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HP: http://www.saitama-med.ac.jp/genome/Div04_PPhysiol/index.html