日本骨代謝学会

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Infinite dream

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Shuttle between bedside and bench(臨床現場から研究室へ、研究室から臨床現場へ)

独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)東京新宿メディカルセンター(旧 東京厚生年金病院)
脊椎脊髄センター・センター長 川口 浩
  • 臨床応用
  • 変形性関節症
  • ピノ・ノワール

整形外科が扱う運動器医療は、国民の健康寿命の延伸、および人間の尊厳ある生活を支えるために必須の医療です。超高齢化社会の到来によってその社会的ニーズは高まる一方ですが、未解決な問題が山積していることも事実です。整形外科はこの運動器医療の外科的側面はもちろん、内科的側面も担当しており、また、先端研究によってその未来を切り拓く責任をも負っています。私は、世界の運動器医療の発展に寄与する研究成果を発信し続けたいと考えて今まで研究を行ってきました。

私は元来、そして現在のポストも脊椎外科医であり(図1)、研究活動も脊椎靭帯骨化症・変形性脊椎症の成因に疑問を持ったことからスタートしました。1991年から1994年まで3年間、コネチカット大学内分泌科のLawrence Raisz教授の下に留学し、ここで臨床教室における先端研究システム運営のノウハウを学びました(図2)。プロスタグランジン合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)が見つかったばかりの頃で、骨代謝におけるCOX-2の制御の研究は非常にスリリングでした。この時期に、時代のカッティングエッジに触れることの快感を覚えたのだと思います。
1996年に東京大学に戻ると研究グループを立ち上げて、骨・軟骨の先端研究と研究者の育成を行ないました。その後現在に至るまでの18年間、私は臨床の現場から問題提起して研究を行い、その結果を臨床に還元する患者立脚型(disease/patient-oriented)の研究を堅持してきました。つまり、臨床現場と研究室を往来する姿勢(shuttle between bedside and bench)を忘れないようにしてきたつもりです。
具体的には、整形外科的手法に拘らない一般最先端科学の導入、医工連携・産学連携(企業発の研究はやらない。あくまでアカデミア発信・主導型のみの研究のみ行う)、競争的研究費取得への積極的挑戦によって、基礎的なシーズの開発からトランスレーショナルリサーチ、臨床治験までの一連の骨・軟骨に関する集学的・包括的研究を行なってきました。
内容としては、私はまず脊椎靭帯骨化症(図3)の発症にインスリンシグナルが関与していることを明らかにしました。更にそのメカニズムとして、インスリン受容体基質(IRS)が中心的な役割を果たすことを患者臨床サンプルやノックアウトマウスを用いて示しました。その後、糖代謝調節因子のみならず、脂質代謝調節因子も骨代謝を制御していることも解明してきました。 また、線維芽細胞増殖因子-2(FGF-2)が強力な骨形成促進作用を持つことを見出しました。このFGF-2製剤の同化作用については多種の動物実験、多施設臨床試験を行い、現在は世界初の骨折治癒促進剤として国際共同臨床治験(第Ⅲ相試験)にまで到達しています。私の約20年に及ぶライフワークが臨床の現場で結実する日も近いと考えています。

TGF-βファミリー
(左上:図1)脊椎手術中の筆者。最近は手術三昧の生活を送っている。
(左下:図2)コネチカット留学中の思い出の1枚。1992年撮影。左がRaisz教授(残念なことに4年前に逝去された)。右がCarol Pilbeam教授(私の直接のmentorであった)。
(右:図3)頸椎後縦靭帯骨化症(OPLL、黄色矢頭)のCT像。狭い脊柱管の中で靭帯が骨化し脊髄を圧迫して四肢麻痺を起こす。この疾患の成因の解明は、私が研究を始めた契機でもあり、私のライフワークでもある。

更に、国立大学法人化に伴って4つの寄附講座の開設に中心的役割を果たし、それぞれの講座にグループで育成した人材を配置して、整形外科学本講座を中心とした学内コンソーシアムを確立しました(図4)。ここでは分子生物学、発生工学、再生医学、観察疫学、ヒトゲノム疫学、医用情報工学、バイオマテリアル工学、バイオインフォマティクスなどの最先端科学分野をカバーする包括的・集学的研究を行っており、このコンソーシアムを拠点として研究を展開してきました。これらの活動の一環として、私は2005年に変形性脊椎症・関節症(OA)の統合研究プロジェクトROADスタディを立ち上げ、全国に住民コホートを樹立して世界最大規模のOA臨床データベースを構築しました。このデータベースを用いた横断研究による変形性腰椎症および変形性膝関節症の有病率の研究は、運動器医療が初めて政府の健康対策(新健康フロンティア戦略)の中に入れられるためのキーデータとなりました。また、観察疫学・ヒトゲノム疫学手法をを用いた縦断研究、およびこれを分子生物学と統合した集学的研究によって、HIF-2α、Runx2、carminerin、Notchシグナルを始めとする複数のOAの治療標的分子を同定しました。
このROADスタディにおいて世界に先駆けて開発し、既に臨床の現場で使われている膝OAレントゲン全自動解析ソフトウェアKOACADは厚労省に保険収載を現在申請中で、膝OAの診断および治療薬開発指標の突破口として期待されています。
医工連携研究としては、生体膜類似ポリマーMPCで表面処理することによって摩耗の少ない長寿命型人工関節を開発しました。この人工関節はAquala人工関節という名称で既に一昨年から臨床の現場で使われていますが、その耐久性が国際的に注目されて来年には海外に進出予定です。 これらの他にも様々な骨関節疾患の治療標的候補分子を同定しており、その分子治療への応用に向けたトランスレーショナルリサーチが進行中です。 これらを含む私の現在まで研究業績は、数多く世界に発信され国際的に高い評価を受けています(英文原著論文265編、impact factor計1,317点:2014年5月現在)。私自身は2009年に米国整形外科学会(AAOS)の最高賞Kappa Delta賞をアジアで初めて受賞し、また2011年には米国骨代謝学会(ASBMR)のトランスレーショナルリサーチ大賞であるLawrence Raisz賞も受賞しています。また、ASBMRにおいて私の研究室所属の大学院生たちは1998年から現在に至るまで16年連続してYoung Investigator Award(3名のPresident Book Awardを含む)を受賞しています(図5)

研究室メンバー
(上:図4)研究室のメンバー。2010年撮影。(下:図5)学会場で。Awardを受賞した研究室のメンバーたちと。

さて、私の趣味はとにかく体を動かすこと、スポーツ全般です。若いころは何でもやりましたが、最近は(特に大学を出てからは)時間がないので、時間を見つけては水泳をするようにしています。家の近所のプールはありがたいことに夜11時まで空いているので仕事の帰りによく立ち寄っています(図6)。また、自身が和歌山の造り酒屋の生まれなのが影響してか、お酒は弱いですが好きです。親不孝なことに日本酒は全くダメなのですが、ブルゴーニュの赤が大好物で、学会に行くたびに仕入れてきては飲んでいます(図7)。読者の先生方の中で、ご家庭でご不用になりましたピノ・ノワールがありましたら、是非にお譲り頂きたいと考えております。

TGF-βファミリー
(左:図6)水泳を終えたばかりの筆者。週3回、毎回1 kmは泳ぐようにしている。これがストレス解消のコツ。
(左:図7)学会を抜け出して仕入れてきたピノ・ノワール。某お祝いの席で2本とも空けてしまった。

私は現在は大学を脱出して、手術三昧の日々を送っていますが、学問や研究との接点は常に保っていたいと思っています。特に、臨床の現場から問題提起して研究を行い、その結果を臨床に還元するshuttle between bedside and benchの姿勢を堅持して、世界リードする国際的医学研究を続けていきたいと考えています。