
成体の頭蓋骨骨髄は増殖力とレジリエンスのある造血リザーバーである
著者: | Koh BI, Mohanakrishnan V, Jeong HW, et al. |
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雑誌: | Nature. 2024, 636: 172–181. |
- 頭蓋骨骨髄環境
- 血管
- 老化
論文サマリー
骨髄は造血幹細胞(HSC)の維持と分化において重要な役割を果たしており、加齢は造血機能の低下を引き起こすが、異なる骨の部位ごとの骨髄微小環境の特性や機能の違い、加齢プロセスによる影響などの違いがあるかは不明であった。本研究で著者らは、成体および加齢マウス頭蓋骨骨髄を調べ、大腿骨との違いを明らかにすることを目的とした。若齢期(10~14週齢)、中年期(31~37週齢)、老齢期(52~75週齢)、および超高齢期(95週齢以上)のマウス頭蓋骨を比較すると、血管およびその周囲の骨髄は若齢の頭頂間骨では血液細胞で満たされていた一方、前頭骨および頭頂骨では限られた領域のみを占めていることが示された。中年期マウスの頭頂骨では血管構造の大幅な拡大が観察され、老齢および超高齢の頭蓋骨では血管面積と血管径のさらなる拡大が観察された。頭蓋骨の血管構造の拡大は、造血細胞、HSC、造血前駆細胞(HSPC)、コミットした造血前駆細胞、間質細胞の細胞数の著しい増加を伴い、頭蓋骨骨髄の増大は皮質骨厚を減少させることなく破骨細胞の活性化を伴って頭蓋骨全体の厚さを増加させることが示唆された。また、頭蓋骨の骨髄腔の拡大はヒトでも観察される可能性も明らかにされた。頭蓋骨の血管構造と加齢に伴う変化についてさらに詳しく調べたところ、血管の成長は骨髄内の造血細胞の増加と関連し、CD45+細胞は主に加齢に伴って増殖する太い類洞血管と関連していることが示された。一方、大腿骨の血管では中年期から老年期にかけて密度が減少し血管の完全性が損なわれ、超高齢期では機能不全の特徴が見られた。また、妊娠、一過性中大脳動脈閉塞モデル、慢性骨髄性白血病モデル、PTH投与などの条件下でも頭蓋骨骨髄は大腿骨骨髄と異なる応答を示し、大腿骨骨髄よりも柔軟な適応能力を持つことが明らかにされた。
次に、若齢および老齢マウスの頭蓋骨および大腿骨からLin–細胞を単離し、致死量放射線照射した若齢マウスに移植したところ、老齢ドナーの頭蓋骨骨髄由来および大腿骨骨髄由来の細胞の移植により、頭蓋骨骨髄の血管が大幅に増加することが示された。一方、大腿骨における血管密度に有意な差は見られなかった。PGE2やCXCR4アンタゴニストAMD3100の投与により骨髄中HSPC数を増減させると、それに伴い頭蓋骨の血管と骨髄も変化した。つづいて著者らは血管成長のマスターレギュレーターであるVEGFAに着目した。HSPCは他の骨髄細胞よりも高いVegfa発現を示し、特に頭蓋骨のHSPCは若齢・老齢問わずVegfaの高発現を示したが、大腿骨のHSPCでは老化に伴い低下していた。Vegfaの過剰発現やVEGFR2ブロッキング抗体による実験から、VEGFA-VEGFR2経路が加齢に伴う頭蓋骨骨髄の拡大を制御しており、加齢に伴う頭蓋骨におけるHSPCの増加がVEGFAの主な供給源である可能性が示唆された。
加齢の特徴が頭蓋骨と大腿骨の骨髄に等しく影響するかどうかを評価したところ、これまでの報告と一致して、大腿骨骨髄では加齢に伴う脂肪細胞の蓄積、炎症性サイトカイン発現の上昇、HSC分化の骨髄系への偏りが観察されたが、頭蓋骨骨髄ではこのような加齢に伴う影響はほとんど観察されなかった。異なる骨髄領域による造血に対する加齢の影響についてさらに調べるため、頭部または後肢を遮蔽し、致死量の放射線照射を行った。若齢マウスは頭部または後肢のどちらかを遮蔽すれば生存可能であった一方、老齢マウスでは頭部を遮蔽した場合のみ長期生存が可能であり、後肢を遮蔽したマウスは200日以上の長期生存はできなかった。また、放射線照射後の血管変化を比較すると、大腿骨では血管密度と血管径が大幅に上昇したが、頭蓋骨の血管にはほとんど変化がなかった。シングルセルRNA-seq解析により、超高齢マウス大腿骨のHSCはストレスや炎症に関連する因子、骨髄系分化因子の高発現を示したのに対し、超高齢マウス頭蓋骨の内皮細胞ではHSC維持因子の高発現が確認された。さらに、生理的条件下における頭蓋骨骨髄の造血機能を評価するために、光変換できる蛍光タンパク質KikGRを用いた生体内解析を行ったところ、加齢に伴い頭蓋骨骨髄からの全身造血への寄与が著しく上昇することが明らかとなった。以上の結果から、頭蓋骨骨髄は加齢などに伴う影響に対するレジリエンスが高く、老齢マウスにおいても造血を維持する重要な役割を果たしていることが示された。
推薦者コメント
本研究により、頭蓋骨骨髄が成年期を通じて拡張し、老化などによる機能低下に対して強い耐性を持つことが明らかにされ、造血疾患や加齢に関連する病態の新たな治療標的としての頭蓋骨骨髄の重要性が示唆された。これまでの多くの骨髄の研究が大腿骨を中心に行われてきたが、今後は頭蓋骨も積極的な研究対象とする必要性が生じる可能性がある。
東京科学大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野・林幹人
(2025年2月21日)