Fibroblast growth factor 8b (FGF-8b)はin vitroで腱板細胞集団の筋細胞分化を促進し脂肪細胞分化を抑制する
著者: | Otsuka T, Kan H-M, Mengsteab P Y, et al |
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雑誌: | Proc. Natl. Acad. Sci. 121, e2314585121 (2024) |
- FGF-8b
- 腱板
- 脂肪細胞分化
- 筋細胞分化
論文サマリー
脂肪浸潤は筋損傷による筋肉の変性の一つの特徴であり、その存在は筋再生を妨げる。特に腱板断裂とその修復において、脂肪浸潤は予後不良因子である。著者らグループは、最近Fibroblast growth factor 8b (FGF-8b)が、in vitroで間葉系幹細胞の脂肪細胞分化を抑制し筋細胞分化を促進する事を見出している。このエビデンスから著者らは、腱板損傷の修復過程に関与する腱板筋組織の筋特異的細胞集団の分化も、FGF-8bが同様に制御できるのではないかと考えた。この論文で著者らは、ラットの腱板筋組織から線維脂肪前駆細胞:fibro- adipogenic progenitor cells (FAPs) と筋衛星細胞:satellite stem cells (SCs)を単離し、FGF-8b添加による影響をin vitroで解析した。細胞培養皿コーティングを工夫したプロトコールを利用して、彼らはFAPs-rich fibroblasts (FIBs)とSCs-rich muscle progenitor cells (MPCs)の単離に成功した。その上で、彼らはFGF-8bがFIBの脂肪細胞分化を抑制すること、同時にMPCの筋細胞分化を促進する事を示した。この時、FGF-8bの下流でリン酸化ERKがこれらの作用に重要であることも明らかにした。以上の結果から、腱板損傷の修復過程における筋組織変性の運命を改善するFGF-8bの大きな可能性が提示された。
推薦者コメント
FAPは、筋組織でPDGFRαをマーカーとする線維芽細胞と脂肪細胞への分可能を有するヘテロな細胞集団であり、筋損傷後の脂肪浸潤の元凶と認識されている。この研究は、腱板のFAPの脂肪細胞分化を如何に抑制するかという目的が出発点となっているが、そこで問題となるのが腱板の細胞モデルとして何を用いるかであった。著者らは腱板組織をコラゲナーゼで細胞分散させた後、まずコラーゲン・コート・ディッシュで2時間培養し、その時点で底に接着した細胞群をFIBsとし、その上澄みをマトリジェル・コート・ディッシュで培養して張り付いた細胞をMPCsとして分離に成功している。特に高度・高価な設備やテクニックではなく、アイディアだけで新たなマテリアルを創出し、ふりかけ実験だけでも重要なエビデンスを得られるというお手本の様な、基礎研究の原点を思い起こさせてくれる論文でもある。ただし、FAPsがヒトの筋肉においてどの程度脂肪浸潤に関わっているかは、まだまだ臨床サンプルの研究が必要ということと、ラットなど小動物は組織再生能が強くヒト臨床のモデルとしてそのまま鵜呑みにはできないことも重要である。また著者らは、分離したFIBsやMPCsは依然としてcrudeな細胞集団、すなわちクローニングしていないこともlimitationに挙げている。一方、これまで古典的にはERKシグナルは脂肪細胞分化を促進するとされてきたが、この論文では逆であり、その理由として”may be due to ligand-specific unique features”というspeculationに留まっているので、ここに新たな研究の種がありそうである。
(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科骨関節医学講座・前田 真吾)