骨細胞由来スクレロスチンは加齢とアルツハイマー病進行の過程で認知機能を障害する
著者: | Shi T, Shen S, Shi Y, et al. |
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雑誌: | Nat Metab. 2024, 6: 531–549. |
- スクレロスチン
- スオステオカイン
- アルツハイマー病
論文サマリー
加齢によりアルツハイマー病(AD)などの神経変性疾患を発症しやすくなるが、加齢がどのようにしてそのような病態を引き起こすのかに関しては不明な点が多く残されている。スクレロスチン(Scl)の血清レベルは加齢とともに上昇し、骨芽細胞分化を阻害する。古典的Wnt–β-カテニンシグナルは成体脳における様々な神経系のプロセスにおいても重要な役割を果たしていることが知られていることから、著者らは骨細胞由来のSclが認知機能に影響を及ぼす可能性があるのではないかと考えた。12か月齢と22か月齢マウスの脳でのβ-カテニン発現とSclレベルを比較すると、22か月齢においてβ-カテニン発現は低下し、Sclレベルは上昇していた。ヒト脳脊髄液中のScl濃度は加齢とともに上昇することも確認された。また、尾静脈から注入したHisタグを付加した組換えスクレロスチンタンパク質(r-Scl)が海馬と大脳皮質で検出されたことから、Sclが血液脳関門を通過できる可能性が示された。
ヒトスクレロスチンBAC-Tg(SOST-TG)マウスを用い、12か月齢における認知機能を評価したところ、シナプス可塑性や記憶認知機能が障害されており、これらの表現型はr-Sclの1か月間の連日皮下投与や、骨を標的としたアデノ随伴ウイルスrAAV9-DSS-Nter-Sostを用いたSost遺伝子過剰発現マウス、Dmp1プロモーターを用いたヒトSOST強制発現マウスでも同様に観察された。逆に、老齢のDmp1-CreによるSost欠損マウス、骨を標的としてSost遺伝子発現をノックダウンするアデノ随伴ウイルスrAAV9-DSS-Nter-shSostを投与した老齢マウスおよびScl中和抗体を1か月間週3回投与した老齢マウスでは認知機能障害とシナプス障害が改善されることも明らかにされた。これらのメカニズムとして、アミロイド前駆体タンパク質(APP)を可溶性APPβ(sAPPβ)とC末断片β(β-CTF)に切断するβ-セクレターゼ1(BACE1)発現をSclが促進することでアミロイドβ(Aβ)産生を上昇させる可能性が示唆された。実際に、ADモデルであるAPP/PS1マウスにrAAV9-DSS-Nter-Sostを投与すると、Aβ産生上昇や脳内アミロイド沈着量の増加によってADの病態を悪化させることが示された。さらに高齢者やAD患者において、血清Sclレベルが認知機能スコアと負の相関があることやAD患者における血清Aβレベルと正の相関があることが明らかにされ、血清Sclレベルの上昇が認知機能低下の危険因子である可能性が示唆された。以上から、オステオカインであるSclが病態下で骨と脳のクロストークを媒介することが示唆され、高齢者やAD患者の認知機能障害に対する新たな治療標的となる可能性が示された。
推薦者コメント
オステオカインであるスクレロスチンが脳に到達し、シナプス可塑性や記憶認知機能に影響を及ぼすことが示された。しかしながら、Dmp1-Creの発現が骨細胞特異的でないなどの要因で、タイトルに記載された骨細胞に由来するスクレロスチンが直接的に脳に到達しているかどうかは証明できていない点に注意が必要である。
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野・林幹人)
(2024年8月20日)