微生物叢は骨髄における鉄利用能を制御することにより造血幹細胞運命決定を調節している
著者: | Zhang D, Gao X, Li H et al. |
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雑誌: | Cell Stem Cell. 2022; 29: 232-247 |
- 造血幹細胞
- 腸内細菌叢
- 骨髄マクロファージ
論文サマリー
宿主微生物叢が血球系や造血幹細胞の恒常性に関与しているという報告が近年増えている。筆者らは、微生物叢由来の代謝物である酪酸が骨髄における局所的な鉄の利用能を制御することにより、ストレス条件下で造血幹細胞の自己複製と分化を調節することを示した。広域性抗生物質により微生物叢を枯渇させたマウスでは、5-フルオロウラシル(5-FU)による骨髄抑制からの回復中において造血幹細胞の自己複製は促進されたのだが、血球分化能は劇的に損なわれていた。この現象は無菌マウスでも確認され、また、他の骨髄障害モデル(放射線照射、大腸菌感染やLPS刺激)でも観察された。筆者らのスクリーニングにより、微生物叢から産生される短鎖脂肪酸である酪酸が骨髄マクロファージによる赤血球の食作用を増強することがわかった。つまり、微生物叢が枯渇してしまうと、骨髄マクロファージによる赤血球の再利用が低下することで、全身の鉄の恒常性に影響を与えることなく骨髄局所の鉄レベルの低下を招いていた。さらに、食物 (in vivoモデル) または培養 (ex vivoモデル) での鉄の利用能を制限する、あるいはCD169+マクロファージを枯渇させると、造血幹細胞の自己複製と増殖が促進された。本研究により、ストレス下での造血幹細胞運命決定の調節における、微生物叢、マクロファージ、および鉄の間の複雑な相互作用と役割が明らかとなった。
推薦者コメント
消化管や口腔内をはじめとする、生体が外部環境と接するあらゆる部位にさまざまな微生物が存在している。近年、この微生物叢が生体の恒常性の維持や、疾患において重要な役割を果たしていることが明らかとなってきている。本研究は微生物叢がその代謝産物を介して造血幹細胞の維持に影響することを示した。造血ストレス時に正常な微生物叢がある場合は骨髄局所の鉄恒常性が保たれ、血球分化が促進し骨髄抑制から回復する。しかしながら、微生物叢が枯渇している時に造血ストレスがあると、骨髄マクロファージによる鉄恒常性が破綻し造血幹細胞の自己複製は促進するが正常な血球分化は抑制されてしまう方向に進み骨髄抑制からの回復が困難になることがわかった。微生物叢の新たな役割が見出された。(東京大学医学部附属病院 骨・軟骨再生医療講座・寺島 明日香)