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エクササイズ血漿はclusterinを介して記憶力を増強し脳の炎症を抑制する

Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin
著者:Miguel ZD, Khoury N, Betley MJ, et al.
雑誌:Nature. 2021, 600: 494–499.
  • エクササイズ
  • clusterin
  • 炎症

論文サマリー

 エクササイズは、様々な組織で有益的な反応を引き起こし、老化に伴う認知機能の低下や神経変性を遅らせる効果を持つことが知られている。エクササイズによる認知機能の向上は、海馬での可塑性の増加や炎症の抑制と関連しているが、エクササイズが有益的な効果をどのように発揮するかは十分には理解されておらず、筋肉などの組織から血中に分泌される「エクササイズ因子」が、脳にシグナルを送る可能性が提唱されているが、不明な点が多く残されていた。本研究で著者らは、28日間自発的にランニングホイールにより走る環境で過ごしたマウスから採取した血漿を通常マウス眼窩静脈叢から投与すると、コントロールマウス血漿と比較して海馬のニューロンや神経幹前駆細胞、アストロサイトの生存が促進され、恐怖条件づけ試験やモリス水迷路試験において文脈的学習・記憶および空間的学習・記憶を高めることを明らかにした。海馬のRNA-seq解析から、エクササイズ血漿の投与により学習・記憶に関わる遺伝子に加え、神経炎症に関わる遺伝子発現が低下し、LPS投与により実験的に誘導した脳内炎症モデルマウスの炎症が軽減することが示された。血漿プロテオーム解析の結果、エクササイズにより特に凝固系や補体系が変化しており、エクササイズにより誘導される血中分子の上位4つ(clusterin(CLU)、H因子、PEDF、LIFR)をそれぞれ抗体により除去することで比較したところ、エクササイズ血漿による抗炎症効果が補体カスケード抑制因子CLUを除去することで有意に減弱したことから、CLUがエクササイズ血漿による抗炎症作用に関わる主な因子であることが明らかにされた。CLUは脳内ではアストロサイトが発現する一方、エクササイズで発現変化が観察されなかった。全身では主に肝細胞や心筋細胞で発現しており、CLUの主要な受容体であるLRP8は脳血管内皮細胞(BEC)やニューロンでの発現が確認された。実際にリコンビナントCLUを投与するとBECに結合し、LPS投与による急性脳内炎症モデルで神経炎症に関わる遺伝子発現を低下させ、さらに17ヶ月齢アルツハイマー病モデルマウス(mThy1-hAPP751 V171L, KM670/671NL)のBECにおいて異常発現するインターフェロンシグナル経路などの遺伝子を正常化させた。さらに、マウスで得られた結果と同様に、軽度認知機能障害患者でも6ヶ月間のエクササイズを行うと、それ以前と比較してCLUを含む補体系や凝固系因子の血漿中濃度が変化した。これらの知見は、エクササイズによって誘導され、脳血管系を標的とする投与可能な抗炎症性の因子が、ヒトにも存在することを示唆している。

推薦者コメント

 エクササイズによって上昇する血中CLUが脳内炎症を抑制することにより、認知機能の向上につながる可能性が示唆された。一方で、CLUの除去のみではエクササイズ血漿による抗炎症効果は完全にはキャンセルされず、CLU以外の因子が作用する可能性も残されている。また、CLUの産生臓器や、アルツハイマー病モデルマウスにおける認知機能に対する影響も検討されておらず、今後さらなる研究が必要と考えられる。(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野・林 幹人)