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FSHの阻害はアルツハイマー病マウスの認知機能を改善する

FSH blockade improves cognition in mice with Alzheimer's disease
著者:Xiong J, Kang SS, Wang Z, et al.
雑誌:Nature. 2022, 603: 470–476.
  • 抗FSH抗体
  • アルツハイマー病
  • C/EBPβ

論文サマリー

 高齢の女性において、アルツハイマー病(AD)発症率が高く、閉経移行期における内臓肥満蓄積やエネルギー代謝異常、骨量低下に伴って認知機能が急激に悪化ことが知られている。この認知機能低下は下垂体で産生される卵胞刺激ホルモン(FSH)の上昇との関連が示唆されていた。著者らは以前、FSHに対する抗体をマウスに投与することにより、熱産生が促進されて血清コレステロールや体脂肪が減少するとともに骨量が増加することを報告した。本研究では、FSHがマウスの海馬や大脳皮質などの領域で神経細胞に発現するFSH受容体(FSHR)に作用し、ADの特徴を引き起こすことを明らかにした。3種類のマウスモデル(Psen1M146Vノックイン変異とヒトAPPK670N/M671LおよびヒトMAPTP301Lのトランスジーンをホモ接合性に有する3xTgマウス;APPK670N/M671LPSEN1ΔE9からなるヒトのトランスジーンを持つAPP/PS1マウス;App遺伝子に3つの変異(G601R、F606Y、R609H)がノックインされ、オリゴマー化しうるAβが発現するAPP-KIマウス)を用い、卵巣摘出やFSHリガンド投与によってADの特徴であるアミロイドβやタウの沈着、ニューロンのアポトーシス、モリス水迷路試験等で計測される認知機能低下などが誘導されることが明らかにされた。さらに、抗FSH抗体の全身投与やアデノ随伴ウイルスAAV2-siFshrの定位注入による海馬選択的なFSHR発現抑制によってそれらの表現型が抑制されることも証明した。また、閉経後の黄体形成ホルモン(LH)レベルはADの発症率上昇と相関し、LHは海馬のLH受容体(LHCGR)に直接作用して認知機能を障害することが報告されているが、卵巣摘出3xTgマウスにおける抗FSH抗体によるADのレスキューにLHシグナルの変化が寄与する可能性は極めて低いことも示された。卵巣摘出は海馬ニューロンにおいて転写因子C/EBPβの発現を強く誘導するが、それによりアミロイド前駆体タンパク質(APP)を切断してアミロイドβを生成し、タウを切断して神経原線維変化を生じさせる酵素であるδ-セクレターゼであるアルギニンエンドペプチダーゼ(AEP)が活性化されることを示した。抗FSH抗体投与などによってFSHを阻害すると、卵巣摘出モデルマウスにおけるC/EBPβ-AEP/δセクレターゼ経路の活性化、APPとタウの切断、タウのリン酸化などの上昇が顕著に抑制されることが明らかにされた。実際に、Cebpb+/– 3xTgマウスにFSHを3ヶ月間連日腹腔内投与したところ、FSH投与により誘導されるAEP活性化、APPやタウの切断、アミロイドβとリン酸化タウの蓄積などが顕著に抑制され、認知障害も軽度であった。卵巣摘出によって誘導されるAD病態や認知機能低下の誘発もCebpb+/– 3xTgマウスでは減弱していることも示された。以上の結果から、閉経期におけるADの増悪に血中FSHの上昇が関与していることが示唆され、AD、肥満、骨粗鬆症、脂質異常症のすべてをFSH阻害剤で治療できる可能性が明らかにされた。

推薦者コメント

 FSHを阻害することで加齢に伴う疾患に対して非常に多彩な効果が得られることが示された一方、逆に薬として使用する際には作用の切り分けが必要となる可能性が考えられる。また、ほとんどの実験がマウスのみで行われているため、ヒトで同様の現象がどの程度再現されるかについては今後さらなる研究が期待される。(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野・林 幹人)