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博士の夢舞台

【博士の夢舞台】ヅカ歴40年

吉村典子

 宝塚歌劇の観劇を始めて40年である。ヅカ歴40年である。結構長いと思われるかもしれないが、宝塚歌劇は昨年設立100周年を迎えたのであるから、観劇歴70年とか、祖母からの三代ヅカファンですなどというのがごろごろいるのがヅカファンの世界である。ヅカファンの間では、ヅカ歴が長ければ長いほどエライという厳然たるヒエラルヒーがあるので、 40年ぽっちの私などは、まだまだひよっこ、ファンの末席といったところである。

 宝塚歌劇団についてはここでわざわざ紹介するまでもないと思うのであるが、万が一何も知らない方がいるといけないので、ちょっとだけ説明すると、未婚の女性だけで構成された兵庫県宝塚市を本拠とする歌劇団である。女性だけの劇団であるため、男性役も女性が演じる。男性の役を「男役」・女性の役を「娘役」と言う。タカラヅカには5つの組があり、創立が古い順に花、月、雪、星、宙(そら)と名付けられた。宝塚音楽学校を卒業した生徒がそれぞれの組に配属される。

 タカラヅカは圧倒的に男役の世界である。各組のトップスターは男役である。娘役はどんなに美しくても実力があってもあくまでトップ娘役であり、トップスターの上に立つことはない。当然人気は男役である。女性ファンが、若く美しい男役(当然女性)に入れ込んでいるのである。はためから見て、異様であることをヅカファンはわかっているし、タカラヅカをメジャーな舞台としようとは思っていない(と思う)。マイナーな世界でよしという潔さがある(と思う)。しかしこのマイナーな世界は、地球のマグマ層まで深い世界でもある。

 ヅカファンは常に用心している。初対面の人に「先生、ご趣味は?」などと聞かれても、間違ってもすぐに「実はタカラヅカが好きでして」などと言ってはいけない。経験的に言って、10人中7人はどん引きである。ここはまず「そうですね、しいていうなら観劇ってとこでしょうか。ときどき舞台を見に行ったりしています。」とお茶を濁す。そこで「ああそうなんですね。私は映画を見るのが好きなんですよ。」と返ってくれば、それでよし、「映画、私も好きなんですよ。で、どのジャンルがお好き?」と会話は弾む。しかし、相手から「舞台ですか、私も好きなんですよ。で、どのジャンルがお好き?」ときた場合は悩むところだ。まずは「そうですね、ミュージカルなんか好きですね。お芝居もいいですね。」とよく考えれば何も限定していない答えを返す。そこで「ミュージカルですか、いいですね。私も見に行きます。で、どのジャンルが?」となってようやくおそるおそる「タカラヅカなんかいいですね。ときどき見に行ったりします。」とカミングアウトである。しかしここでもまだ小さな嘘がある。ほんとはときどきなんてもんじゃないのである。熱心すぎてどん引きされるのを予防するために、ヅカファンは細心の注意を払うのである。

 ヅカファンに必要なのは、まずは記憶力。まずスターの芸名がきらきらネームで覚えにくいものが多い。しかもですよ、名前の他に愛称ってのがあるわけなんですよ。たとえば朝香じゅんならルコさん、香寿たつきならタータンっていう風に(敬称略とさせていただきます)。ファンは普通は生徒を芸名ではなく愛称で呼ぶので、芸名愛称をセットで覚えないとファン同士の会話が成り立たないのである。この他に、音楽学校卒業時成績、歌劇団入団後の試験の成績なども覚えておかないといけない。その後の役付に響いてくるからだ。同期が同じ組に何人いるのか、上に行くにはどの辺の生徒を抜かさないといけないのかの戦術分析も大切である。そんなの覚えきれないと嘆くヅカファンのために、宝塚おとめという生徒の名簿集が販売されている。ヅカファン必携の一冊である。毎年更新されるので当然毎年購入である。おとめを購入するようになれば、すでにあなたはディープなヅカファンの一人である。この世界にようこそ。

 私がタカラヅカ歌劇を初めて生で見たのは中2の時、昭和版ベルサイユのばらであった。漫画の大ファンだったので、母に無理を言ってチケットをとって貰ったのである。最初に見た感想は、「ちょっと、ちょっと〜。なに、これ〜???」だった。「私の大好きなベルばらをよくもまあこんな舞台にしてくれたわね!オスカル様は全然イメージと違うじゃないの!なんなのこの話の流れは!この台詞は!ストーリーも漫画の通りにしてよね!」と怒り心頭であった。しかし漫画のベルサイユのばらは漫画ファンの間ではとても評価が高かったが、昭和の時代に社会現象となるまでの大ブームとなったのはタカラヅカ歌劇での舞台化のおかげである。漫画が好きすぎるので、怒った割には、宝塚歌劇を見に行き、舞台中継もカセット録音(!)、録音されたLP(!)もお小遣いから購入。ベルばらはその後も何度も舞台化されたため、見に行く回数も増え、すっかりヅカの世界に入り込んでしまったのであった。

 ヅカははまり始めると底なし沼である。特にごひいきができるともういけない。ヅカ歴40年で、応援した男役は3人いる。前述の朝香じゅん、香寿たつき、それに、安蘭けいである。知っている人は少ないと思うが、この三人の特徴は歌と芝居がめちゃくちゃうまいということである。私はダンスの巧拙はあまり気にならない(というかわからない)が、ともかく歌がうまくないとだめ!なのである。歌がうまい人はだいたい芝居はうまい。この3人は、宝塚の歴史の中でも歌うまで有名なスターさんたちである。この中で歌、芝居、なおかつダンスもいけたのは香寿たつきである。彼女は今はときどきテレビにも出ているので知っている人もいるかもしれない。音楽学校を二番で卒業して、歌劇団に入団。すぐその実力が注目され、抜擢に次ぐ抜擢。そのたびにすばらしい演技力で結果を出してきた。彼女はいわゆる三拍子そろっているというタイプで、歌と芝居に加えてダンスもとてもうまかった。ただあまりにもうますぎて、玄人好みというか、華やかな容姿で注目を集めるというタイプではなかった。そのためかどうかは知らないが、いい役がついている割に、トップになるまですごく時間がかかり、もう無理かとあきらめる(ファンが)こともあった。ようやく星組トップに決まったときはうれし泣きに泣いた(ファンが)ものである。トップになったのが遅かったこともあり、彼女がトップとして君臨したのはたったの3作だった。でも珠玉のように美しいショー「バビロン」がさよなら公演で当たった。歌も、ダンスも、演出も、構成も、そして出演者もすべてがそろったすばらしいショーだった。実はさよなら公演は40回見たのだが、まだあと40回通えると自信を持って言える。彼女は退団してからも、主にミュージカルで重要な役をこなしている。最近では、東宝ミュージカル「モーツァルト!」のヴァルトシュテッテン男爵夫人、「エリザベート」の皇太后ゾフィーなどで、すばらしい歌を歌っているのでそちらもぜひご覧ください。

 趣味の観劇について手短に語ろうと思っていたのに、このありさまである。こんなに長々書いているのに、まだまだ全然話し足らない。しかもカミングアウトしてしまった。ヅカを知ってほしい、でもとても熱心なヅカファンだとばれてどん引きされるのは怖い。ヅカファンの悩みはつきない。