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The Japanese Society for Bone and Mineral Reserch
ソクラテスの書棚

【ソクラテスの書棚】道尾秀介作「獏の檻」

中島 友紀
道尾秀介「獏の檻」
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読み進めていくほどに、私は自分が、二度と這い上がることのできない、真っ暗な、深い場所へと落ちていくのを感じた。「―32年前の今日、私が、お父さんの命を奪いました」-(本文から)―

大槇辰男は、突然、家に帰ることができなくなる。そして、妻と離婚。職も失い、すべてのことから逃げ出そうとマンションのベランダに立った時、急激な胸の圧迫感を感じ倒れ込んでしまう。
処方された狭心症の薬を服用しているうちに、忘れたいものたちの姿が、影に覆われ行くことを実感し、不正に手に入れた薬に溺れていく辰男。
それでも死の誘惑から逃れることのできず駅のホームに立った時、辰男は反対側のホームで女性が電車に飛び込むのを目撃する。
ホームから女性が落ちる瞬間、目が合った辰男は、その顔の傷から、彼女が32年前、辰男の父親が容疑者とされる殺人事件で消息を絶った曾木美禰子だと気づく。
行方不明だった美禰子が、何故、今、自分の目の前で命を絶ったのか?
32年前にいったい何が起きたのか?
元妻の仕事の都合で預かることになった息子と共に、長い間、帰ることのなかった故郷の村を訪れる辰男。それは、自分を苦しめる悪夢の原因を知るためでもあった。
そこで、父親の事件後、故郷を追われた辰男と母親を、何かと助けてくれていた村の有力者である三ツ森家の次男で医師の塔士と再会する。
村では、かつて、山中の水源から水を引くために穴堰(あなぜき)というトンネルを創り、この地に水路をめぐらせた三ツ森家の先祖を崇める祭、六郎忌の準備が進められていた。
32年前、辰男の父に容疑がかけられた農業組合長の殺害と、美禰子の行方不明事件。
そして、村に雪解けを告げる六郎忌の放水後、水路で発見された父の遺体。
未解決となった一連の事件の真相を探るうちに辰男は気づいていく。
そう、真実は悪夢の中に隠されていた!

田舎独特の風習や癖の強い方言など、閉鎖的な寒村の描写が上手く表現されており、謎や恐怖の効果を高めている。主人公の悪夢を通して、過去と現在、そして、事実と幻想が交錯する独特の世界感の広がりは圧巻で、謎解きの心理、男女の愛憎、親子の葛藤と家族愛など、ふんだんに組み込まれた本格ミステリー大作である。主人公の不幸な生い立ちや崩壊していく自我。相手を想う優しさゆえに生じた誤解が悲惨な出来事の連鎖に繋がり、読者を容赦なく、辛く苦しい状況に追い込んでいく。たとえ、真実を知ったとしても、そこには不幸しかなく、誰も幸せにはなれないやるせない気持ちを、リアルに読者が同化できるのは、著者の卓越した文章力と表現力があるからこそだろう。誰が罪を犯したのか?誰が罪を阻止しようとしたのか?そして、誰が誰を殺害したのか?数々の謎が明らかになった時、思いも寄らない真相が待ち受けている。人の会話や思い込みなど巧妙なトリックを駆使したミステリー小説であるだけでなく、家族のあり方、親子の深い愛情と思いやりを通して大切なことを教えてくれる作品であり、最後に慎ましいが未来への希望が、主人公に生きる勇気と救いをもたらすのであった。兎に角、お勧めしたい一冊である。著者、道尾秀介氏は、商社で営業職として勤める傍ら、2004年、『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し小説家デビュー。その後、『向日葵の咲かない夏』、『シャドウ』、『カラスの親指』など数々の名作で文学賞を獲得し、2011年『月と蟹』で直木賞を受賞。トリックを使いながらも人間を描くことを意識した本格ミステリーから娯楽に徹したものまで、多様な作品を執筆しており、これからも注目の作家である。