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The Japanese Society for Bone and Mineral Reserch
ソクラテスの書棚

【ソクラテスの書棚】下村敦史作「闇に香る嘘」

中島 友紀
下村敦史「闇に香る嘘」
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笑い声の絶えた家庭は毎日が葬儀のようなものだった。そう、霊魂となって上空から眺めている自分の葬儀。-(本文から)―

戦中の満州で生まれ育った村上和久は、帰国後、41歳の若さで光を失う。戦中・戦後の栄養不足が原因であった。徐々に光を失うなか、視覚障害者としての生活訓練を怠り、現実に背を向けた結果、妻に去られ、一人娘の由香里とも断絶してしまう和久。
孤独な時が流れ、69歳になった和久は腎臓移植の適合検査を受ける。腎臓病を患う孫娘に移植した由香里の腎臓が上手く働かなくなったからだ。
失った家族への償いの機会を待ち続けた和久。しかし、検査の結果は移植不適合であった。
頼みの綱は岩手の実家で老いた母と二人で暮らす兄の竜彦。だが、竜彦は適合検査を断固として拒絶する。和久は兄の頑なその態度に違和感を覚える。
満州での避難行中に行方不明になった兄が、中国残留孤児として日本に帰国した際、和久はすでに失明していたため、兄の顔を確認できなかった。そして、中国人の養父母に育てられた兄の言動に、相容れないものを感じていた和久は、自然と距離を置くようになっていたのだ。
なぜ兄がそこまで頑なに移植を拒むのか?まさか兄は偽残留孤児ではないか?
猜疑心に苛まされる和久の元に“本物の兄”を名乗る男から電話が。
ますます深まっていく疑惑の中、和久の元に差出人不明の謎の点字俳句が届くようになる。その点字俳句に隠されたメッセジーを解き明かした和久は、その意味に驚愕する。
“おまえの兄は人を殺した” そして、突然の母の死。
和久は全盲であるハンデを抱えながらも、“無言の恩人”に幾度と助けられながら、兄の正体を探ろうと満州で生活を共にしていた開拓者たちを訪ね歩く。そして、隠し続けられた真実に遂に向きあった時、和久は・・・・。
第60回江戸川乱歩賞受賞作 (2014年)

江戸川乱歩賞(通称:乱歩賞)、選考委員満場一致!第52回(2006年)から毎年乱歩賞に応募し9度目で受賞にいたった極上の推理小説である。本作が生み出されるまでに著者は5度の乱歩賞最終候補に選出されており、本作はまさに渾身の逸作だ。視覚障害者を主人公とするかつてない設定で、晴眼者では表現できない完璧なミステリーを構築している。2人きりで話しているのに、第3者の気配を感じたり、全盲であるがゆえに生じる疑念や誤解がよく表現されている。そして、晴眼者には感じることのできない主人公の恐怖や不安な気持ちをリアルに読者が同化できるのは、著者の卓越した文章力と表現力があるからこそだろう。和久は家族の思い出が詰まった写真アルバムを、煙草の不始末で一冊を除いて焼失させてしまう。その一冊だけ残ったアルバムに写った幼いころの由香里の姿を、全盲の和久は詳細に語ることができる。しかし、孫娘の目に映る母の写真は白紙なのだ。和久が探し続けた兄の正体にたどり着いたとき、これまでの違和感が消え、すべての嘘が和久を思いやる家族の思いだったことを理解する。人は必ず嘘をつく、嘘は決して悪意のあるものだけではない。優しさからの偽りもまた、時には大切なのかもしれない。本作は、完璧なトリックを駆使したサスペンスミステリーであるだけでなく、絆は血に勝るのか?血は絆に勝るのか?本当の絆とは何か?家族のあり方について大切なことを教えてくれる作品でもあり、是非、お勧めしたい一冊である。