【ソクラテスの書棚】ジョン・グリーン作/金原瑞人・竹内茜訳「さよならを待つふたりのために」
(原題:The Fault in Our Stars)
「でも本当は、気がめいるのは癌の副作用ではない。死の副作用だ。」-(本文から)―
甲状腺癌が肺に転移し酸素ボンベを手放せない16歳のヘイゼルは、癌患者の集会で1人の青年に目を留める。17歳のオーガスタスは骨肉腫を患っていたが、足を切断して以降は癌の再発はないと語った。それが2人の出会いだった。
次第に惹かれ合う2人。何時もストレートに気持ちを伝えるオーガスタスに対して、自分は“いつ爆発するか分からない手榴弾のようなものだ”と感じ、被害を最小限に抑えるために深い関係になることを恐れるヘイゼル。
2人はお互いのお気に入りの小説を読むことにした。ヘイゼルは誰にも教えたくないはずだった特別な本、ヴァン・ホーテンの「至高の痛み」をオーガスタスに紹介する。
「至高の痛み」は、白血病の少女が語る物語で、何故か途中で話しが終わる中途半端な小説だった。
その結末を知りたいヘイゼルのため、オーガスタスは筆を折り隠遁生活を送っているヴァン・ホーテンに、彼の秘書を介してメールでのやり取りに成功する。ヘイゼルは小説の曖昧な結末について、ヴァン・ホーテンに尋ねるが、その返事は自分が会って直接伝えたいというものだった。
オーガスタスは慈善団体の援助を受け、ヘイゼルをアムステルダムへ連れて行く。しかし、そこで2人を待っていたヴァン・ホーテンは、もはや豊かな才能を持つ作家ではなく、重いアルコール依存症患者になっていた。
「至高の痛み」の結末を2人は知ることができるのか?惹かれ合う2人の恋の行方は?そして、終焉に向かい加速していく運命に2人が出した答えとは?
本作は、著者ジョン・グリーンが16歳で亡くなった友人をモデルに書き上げ、訳本が世界中で発売され、各国で圧倒的な支持を得たベストセラーであり、納得の逸作である。自分が生きた証をこの世に留めることに拘るオーガスタス。その空虚感を説き、周りに自分の痕跡を残したくないヘイゼル。また、大きな痕跡を抱え生き続けるヴァン・ホーテン。ヘイゼルは、アムステルダムでアンネ・フランクの館を訪れ、死に逝く者が残される者へ残す痕跡の意味を肯定し理解する。そして、2人の若者は、自分たちが最も愛する者と傷つけ合う関係であれたことに、生きた意味を見つける。不治の難病を題材とした小説は、得てして悲劇になりがちであるのに、本作はどこか清々しい。ユーモア溢れる会話のやり取りが絶妙で、自らを悲観せず、限りある人生の一瞬をいかに価値あるものにして積み重ねることができるかを、恋に落ちる2人の若者を通して、力強く、そして、時にコミカルに描かれているからだろう。日々の生活に流され、我々が忘れがちな人生への問いをあらためて語りかけてくる誠実で温かい作品であり、是非、お勧めしたい一冊である。本作のタイトルはシェークスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」において、シーザーの暗殺者たちであるキャシアスがブルータスに言った台詞「The fault, dear Brutus, is not in our stars, But in ourselves, that we are underlings」“ブルータス、俺たちが人の風下に立つのは運命の星のせいじゃない、罪はおれたち自身にある”から引用されている。そして、本小説を原作とした映画「邦題:きっと、星のせいじゃない(原題:The Fault in Our Stars)」も製作され世界中で話題作となっている。日本では2015年、冬に上映された。