【ソクラテスの書棚】雪富千晶紀作「死呪の島」
「うあ、ざ、わ、あい・・・が、く、る」言い終わると、女は木偶のように力をなくして水面に崩れ落ち、元の水死体に戻った。-(本文から)―
海神信仰が残る伊豆諸島東端の須栄島に、難破船が漂着した。その船は十数年前に消息を絶ち沈没した客船だった。なぜ沈没した船が島に漂着したのか?この怪事件をかわきりに、様々な“災い”が島に降りかかる。
高校生の椰々子は、島民たちからなぜか呪われた存在として避けられてきた。しかし、島を開拓した末裔で有力者である白波家の次男、杜弥は同級生である椰々子の境遇に疑問を持ちつつも好意を寄せていた。
首のない水死体、死者による殺人、人喰い鮫、友人の突然死、次々に起こる怪異のなか、被害者のすべてが椰々子に関係ある人間であることに、杜弥は気づく。
そして、嵐の夜、“それ”は来た。
海から這い出してくる大量の死者。海で命を落とした無念な呪いが、海の力を借りて蘇ったのだ。様々なものが流れ着き死者からの預言を受ける島、“災い”から島を護る特別な存在が椰々子であったのだ。
襲いかかる死者たちに恐れ慄きながらも戦う島民たち。椰々子は立ちはだかる運命を乗り越えることができるのか?杜弥は椰々子を護ることができるのか?
第21回日本ホラー小説大賞受賞作。
島民の連帯感と余所者に対する疑念や畏れが、孤島独特の閉塞感を上手く表現している。そして、古からの海の「カミ」への信仰と仕来りや習慣が、孤島で起こる事件の気味の悪さを際立たせている。様々な漂着物が流れ着く島では水死体でさえ「カミ」として崇められ、その言葉を聞くのが椰々子の仕事である。此岸と彼岸の境で託される言葉「予言」の意味が徐々に繋がってくる物語の行程もテンポも実に上手い。そして、クライマックスの海から這い出してくる死者の群れは、ありきたりなホラー作品で表現される様なただの亡者ではなく、海の生物の力を借りて蘇った生ける屍である。その生命を維持させる機能が実に面白く、生物学的な興味と想像力をかきたてられた。人間の心の弱さも希望も、ふんだんに詰めこまれたモダン・ホラー作品であり、是非、お勧めしたい一冊である。