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骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運

国立大学法人長崎大学理事 伊東 昌子

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運

はじめに
日本骨代謝学会の前広報担当の中島友紀先生から、原稿の依頼をいただいてからすでに1年半が過ぎてしまいました。これまでこのコーナーで執筆されている先生は著名な方ばかりで、私がこのコーナーの品位を損なわせるのではないかと心配し、なかなか手を付けられませんでしたが、現在広報担当を引き継いだ小林泰浩先生から再々の催促があり、またすでに寄稿文を掲載されている藤原佐枝子先生から伊東も書くようにと諭され、ようやく重い腰をあげました。それは、若い研究者の皆さんにとって、私のような研究者も存在したことを知っていただき、一服の清涼剤にでもなればいいかと、思ったことにもよります。

昨年、日本骨粗鬆症学会で学会賞を拝受しましたが、この栄誉も私にとって重すぎるものでありました。その際に執筆した「受賞にあたって」と題する原稿(The Journal of Japan Osteoporosis Society 2023, vol9, No1, p60-66)の中で、次のように思いを述べております。

「私には顕著な業績もなく、学会への貢献も十分できていないので、自分自身このような名誉な賞にふさわしい研究者なのかと正直申し上げて疑問があります。それでも思い切って賞をお受けすることにしたのには、2つの理由があります。まず一つは、骨の形態の解析という地味な仕事が評価されたことで、同じ領域で研鑽を積まれている先生方にとって励みになればと思ったこと。もう一つの理由は、私のような者でも、この道一筋で長年コツコツと研究を続けていれば、このような機会も訪れることがあるということを、若手の先生にも知っていただければと思ったことです。私が研究を始めたときには、教室にはこの領域の研究の素地は全くありませんでしたので、試行錯誤でこの世界を築いてまいりました。子育てをしながら研究を続けていた時期、何度も挫けそうにもなりました。今となれば懐かしい思い出となっています。
私は長崎大学病院メディカル・ワークライフバランスセンターや、長崎大学ダイバーシティ推進センターに勤務しておりましたので、ライフイベントのために時間制約のある研究者が、目的を持って仕事や研究を継続できるよう支援するのが、私の任務のひとつでした。今回の受賞は、そのような立場の人たちに希望を持っていただく一助になれたら大変幸甚に存じます。」 以上です。

荷重に対して身体を支えるように合理的な形状に構成された骨三次元微細構造は、緻密で美しいものです。私はその美しい画像に魅せられて、長年にわたり骨の構造解析を続けてきたのだろうと思っています。初めて三次元骨微細構造をマイクロCTさらには放射光CT(図1、2)で見たときの驚きは、今でも忘れられません。

私の研究生活を振り返ると、様々な場面で大変幸運だったと思っています。私なりに、幸運を手に入れてそれを生かすことができたことに、改めて感謝したいと思います。それでは、私の幸運5つについて、お話しします。

幸運その1:QCT (quantitative computed tomography) 研究を始めるきっかけ
病理医の夫がとても楽しそうに活き活きと研究をしている姿をみて、私もやってみたいという気持ちは結婚当初からありました。骨関連の研究を始めたのは、2人目の出産後でしたので、研究者としては遅いデビューでした。産休明けのタイミングで、長崎大学歯学部病院にCTが導入された際、CT(Siemens)に付属するQCTファントムと解析ソフトウェアに触れ、歯学部放射線科教授からCT装置で何か新たな可能性を追求してほしいと声をかけられました。ここから、私の骨の研究が始まりました。データを集めるほどに、事実を明らかにしていく喜びを感じ、骨密度だけでなくCT画像から得られる情報が、これまであまり探求されていなかった研究領域を切り開く助けとなりました。
QCT三次元骨密度測定の研究は、私の骨の研究の入り口でしたが、椎体さらには大腿骨近位部の画像の観察と、海綿骨の骨梁構造も含めて解析することで、骨力学特性に関する情報を得ることができましたし、周囲の筋肉や血管の観察・定量化も行うことで、骨折リスクの研究を進めることができました。放射線科医として、CTというツールに始まり、マイクロCT、放射光CT、MRIと新しい世界が広がる機会が得られたのでした。

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
図1 放射光CTを用いたラット椎体微細構造(左図 2次元、右図 3次元)
解像度は6ミクロン

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
図2 ミノドロン酸投与による構造変化(マイクロCT画像:卵巣摘出術後カニクイザルの大腿骨遠位部)

幸運その2:QCTワーキンググループでの先輩方との出会い
QCTを始めて間もないころに、QCTワーキンググループを立ち上げるという話があり、幸運なことに無名の私に声をかけてくださいました。ワーキンググループで聞くことができた、福永仁夫先生(川崎医科大学核医学)、中村利孝先生(設立時、東京大学整形外科、のち産業医科大学整形外科)のお話は、教科書のような知識となり、私にとって大きな財産となりました。お二人の先生には、その後の私の研究の中で、様々な場面でご指導いただく幸運に恵まれました。

幸運その3: Genant教授との出会い
初めての海外での学会発表は、北米放射線学会(RSNA)でのものでしたが、採択の厳しかった当学会の口演に運良く選んでいただき、同じセッションで私の次の演者が “Godfather of Skeletal Imaging in Osteoporosis” と呼ばれていたUCSFのHarry K. Genant教授であったことも、私に幸運をもたらしてくれました。そのセッションが終わったときに、Genant教授と20分間ほどの対話の時間をお願いして、私の今後の研究に対する示唆を受けることができました。それ以降も、Genant教授が創設したInternational Bone Densitometry Workshopには、定期的に参加をして、画像から見た骨の評価の分野を展開してきました。第17回International Bone Densitometry Workshop (2006年11月 京都市)では、福永仁夫先生、板橋明先生と3人で学会長を務めさせていただきました(写真3)。写真4,5は2007年に長崎県ハウステンボスで開催した第27回日本骨形態計測学会の写真です。

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
写真3 第17回International Bone Densitometry Workshop (2006年11月)

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
写真4 第27回日本骨形態計測学会 の懇親会(ハウステンボス クルーザー内)
三木勝巳先生、ご出演いただきありがとうございました。写真右は長崎大学放射線医学教室 上谷雅孝教授

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
写真5 第27回日本骨形態計測学会 UCSF Harry K Genant先生と

幸運その4: QCTからの展開の機会
今述べましたように、QCT研究を継続していくうちに、いくつもの偶然や幸運が重なって、マイクロCT、放射光CTと出会うことになりました。それからは、骨の密度、マクロおよびミクロ形態、そしてそれらを組み合わせて力学特性評価を行う研究を展開し、様々な病態での骨変化や薬物療法における骨の改善効果等の研究にも取り組みました。マイクロCTによって、in vivo研究とin vitro研究とのtranslational researchとして、他大学(東京医科歯科大学 山口朗先生など)や研究機関(長寿医療研究センター部長 池田恭治先生など)との多くの共同研究を行うことができました。長崎大学工学部の先生との共同で、微細構造の有限要素解析(micro-Finite Element Analysis)(図6)を用いた研究も行うことができましたし、Spring8での放射光施設に導いてくれたのは、当時京都工業繊維大学の陣内浩司先生(現 東北大学多元物質科学研究所 教授)でした。ステップを上げていくときには、それなりの苦難も多かったものの、どこかで手を差し伸べてくれる共同研究者や支援者がいました。しっかりと前を向いて努力していると支援者が見つかりますし、期を逃さずしっかり寄り添っていくことが大切だと思っています。

骨構造の美しさに魅せられて続けた研究、そして研究を支えてくれたいくつもの幸運
図6 有限要素解析(健常と骨粗鬆症ラット椎体)

幸運その5: 仕事と育児の両立を支えてくれたもの
QCT研究のスタートは、先述の通り第2子の出産後でした。当時、新生児と3歳の長男を育てるだけでも十分に忙しい状況でありながら、大学病院で診療・教育を行いつつ、研究を継続しました。それができた最大の理由は、周囲からいくつものサポートが得られたからだと思います。もちろんサポートを得る努力はいつも怠りませんでした。このサポートには、夫や実家の両親、近隣の手助けをしてくれる人々、家事を支える家電製品などが含まれます。様々な面で自分を支える仕組みを作ることができましたし、このとき学んだ効率よく仕事をこなす技は、その後も活用できました。

ここからは、私のもう一つのキャリアについて、簡単におはなしします。
研究が順調に進んでいるそのタイミングで、大学全体の業務へ関わるお話がありました。それまで長崎県女性医師の会の会長などを務めていた私は、男女共同参画やダイバーシティ推進を副学長として担当し、大きなやりがいを感じながら取り組むことができました。放送大学長崎学習センターへの一時的な転任経験もありつつ、そして2年前に母校である長崎大学に戻り、学生および国際担当理事として活動しています。現在の役職は未知への挑戦ばかりですが、自身の経験を通じて学生や女性研究者、同じ研究分野で活動する仲間、職場のスタッフに、これからも自分らしく生きていく姿を見てもらいたいと思えるように、努めて参りたいです。

いつも私を励まし続けてくださる学会のメンバーや、共に喜びや困難を共有した方々に、心より感謝いたします。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。