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骨代謝研究と人々との出会い

東京歯科大学口腔科学研究センター客員教授 山口 朗

骨代謝研究と人々との出会い

はじめに
 日本骨代謝学会では多くの人々と出会い、多くのことを学ばせていただきました。その学会から2017年度日本骨代謝学会学会賞を授与されたことは、この上ない喜びです。受賞後に、広報委員会の中島友紀先生から「Brave heart」への執筆を依頼されました。その時は、まだ私は寄稿する歳でもないと思いましたが、「松本俊夫先生と米田俊之先にもご執筆いただきますので、次は先生にお願いします」と言われ、執筆させていただくことにしました。

 私は骨代謝研究を通して出会った多くの先輩、仲間、後輩の方々のご指導、ご協力により、長い間、楽しく研究を継続することができたので、本稿では自分の骨代謝研究を振り返ってみたい。

骨代謝研究との出会い
 私は1974年に東京歯科大学を卒業し、東京都老人総合研究所生物部(現東京都健康長寿医療センター研究所)で1年間、東京医科歯科大学歯学部第一口腔外科学講座で1年間勉強し、卒後3年目に東京医科歯科大学大学院歯学研究科に入学し、口腔病理学を専攻した。東京医科歯科大学では、医学部、歯学部、難治疾患研究所の病理学教室が一体となって病理解剖と一般病理学の教育を運営するシステムが構築されていたため、大学院の間は病理解剖と病理診断に明け暮れていた。空いている時間で歯原性腫瘍・嚢胞や唾液腺腫瘍についてヒト症例を用いた研究をしていたが、骨代謝研究には全く興味がなかった。

 大学院を修了後、幸いにも昭和大学歯学部口腔病理学教室で採用していただいた。同教室の吉木周作教授は長年、歯・骨の形態学的研究を行っており、生化学教室の須田立雄教授と共同研究を推進していた。大学院の頃は形態学的解析が主で、形態と機能を合わせた研究を行いたいと思っていたので、骨の研究を行えばその希望が叶うと考え、骨代謝研究を始めることにした。そのため、骨代謝研究との出会いは明確な目的がなく、何となく面白そうなのでやってみようという単純なものだった。

骨代謝研究のスタート
 私の骨代謝研究は1980年4月に赴任した昭和大学からスタートした。昭和大学に赴任後、形態学と生化学の両方から骨代謝を解析するチャンスがあると思い、早速、須田先生の研究室との共同研究を始め、多くのことを教えていただいた。また、このような他の研究室との共同研究を自由に推進させていただいた吉木先生には大変感謝している。

骨代謝研究と人々との出会い

 私が初めて行った研究はニワトリ胚の発育過程における長管骨の形態的変化を解析することであった。というのは、須田先生がPIとして宇宙航空研究開発機構(JAXA)の『FMPT(First Material Processing Test)ふわっと’ 92』で、ニワトリの受精卵を宇宙旅行させるプロジェクトを行うことになっており、私がニワトリ胚長管骨の形態的解析を担当することになっていたからである。

 ニワトリ胚長管骨の形態学的解析を行ってまず初めに破骨細胞の起源に興味を持った。大学院生の時代に、パスツール研究所のLe Douarin先生が、ニワトリとウズラの核の形が異なることを利用して、ニワトリ/ウズラのキメラ動物を作製し、neural crest由来細胞の動態を明らかにしたことを覚えていたので、この方法で破骨細胞の由来を解析できるのではないかと考えたからである。しかし、文献的検索でセントルイスのWashington大学のArnold Kahn先生が、このモデルを用いて破骨細胞が血球に由来することをすでに明らかにしていた(NATURE 1975)。そのため、破骨細胞に特異的なモノクロナル抗体を作ることを試みた。ちなみに、当時から共同研究を行っていた生化学教室の高橋直之先生は骨芽細胞研究に興味を持っており、同じ時期に骨芽細胞に対するモノクロナール抗体を作成していた。

 この時期にニワトリ胚の長管骨形成過程である変化に興味を持った。ニワトリの受精卵を加湿状態にして37度で保温すると4日目で鶏胚の四肢の原基ができる。その内部は特徴のない間葉系細胞で構成されているが、8日目で骨、軟骨、筋肉に分化した組織がみられる。私はこのような形態学的変化を顕微鏡で観察して、どのようなメカニズムで特徴のない間葉系細胞が4日間で特徴をもった骨格を形成する各細胞群に分化するのか非常に興味を持った。この時の観察が、私のライフワークともいえる間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化制御機構の解明の原点になった。

骨代謝研究と人々との出会い

留学
 1985年9月から前述したArnold Kahn先生の研究室に留学した。私はKahn先生の研究室で破骨細胞の研究をしたいと思っていたが、留学した時期にはKahn先生は骨芽細胞の分化に興味をもっていた。彼から与えられたテーマは「頭蓋と長管骨の骨芽細胞の差異を認識できるモノクロナール抗体を作成する」という内容だった。Kahn先生の目的はneural crestとsomiteに由来する骨芽細胞の違いを明らかにしろということだった。現在でも頭蓋と長管骨の骨芽細胞の性状と機能の異同は興味ある重要なテーマなので、35年前にこの様なテーマを与えたKahn先生の先見の明には感服するが、当時は無茶苦茶なテーマだと頭を抱えた。

 与えられたテーマにチャレンジするために、まず新生仔ラットの頭蓋冠から細胞株を数種類樹立して、それらの性状を解析した。そして、これらの細胞株を抗原として、hybridomaを作り、頭蓋冠と長官骨の骨芽細胞での反応で今日にある反応を示すhybridomaをスクリーニングした。その結果、得られた抗体のうち論文になったのは骨特異的なアルカリフォスファターゼに対するモノクロナール抗体だけだった。この抗体は頭蓋冠と長管骨に由来する細胞を区別できなかったので、当初の目的は達成できなかった。今でも、この時期を思いだすと、このような無謀な実験をよくやったとどっと疲れがでる。しかし、この時に骨芽細胞、筋肉、脂肪細胞などの間葉系細胞への分化能が異なる細胞株を樹立できたことは、後の研究に非常に有益であった。

 当時は、Washington大学に京都大学医学部整形外科から田縁千景先生(元大津赤十字病院整形外科部長)と笠井隆一先生(元神戸市民病院整形外科部長)、神戸大学から杉本利嗣先生(元島根大学医学部内科学第一教授)、大阪大学医学部小児科から田中弘之先生(岡山済生会総合病院小児科)などが留学されていた。留学すると外国人の友人もできるが、日本では知らなかった多くの日本人の先生にも出会うことがあり、非常に貴重な経験であった。

昭和大学での研究再開

1)研究再開スタート支援
 帰国後、一番困ったのは研究費がほとんどないことであった。そのような時に当時、昭和大学医学部整形外科の阪本桂造助教授(昭和大学名誉教授、西蒲田整形外科名誉院長)から学内共同研究費を申請するので一緒にやりませんかというお誘いいただき、その申請が採択されたので、まずは100万円の研究費を頂くことができた。この研究費で研究再開の目処がつき、さらに阪本先生は多くの大学院生(桜井茂樹先生、相原正宣先生、川崎恵吉先生、本望潤先生、藤巻良昌先生)と共同研究を行う機会を与えて下さった。帰国後、阪本先生のご協力で順調に研究を開始でき、大変感謝している。また、阪本先生は日本整形外科学会でも推奨されている開眼片足立ち訓練(ダイナミックフラミンゴ療法)というロコモーショントレーニングを開発された方で、先生の豊富なアイデアには感動した。

2)BMP研究
 前述したように、私はKahn先生の研究室で多分化能を有するROB-C26という細胞株を樹立していた。帰国後、この細胞株の性状をASBMRで発表した。その時に、当時、Genetic Institute社のJohn Wozney博士がこの細胞株の特徴に眼を付けて下さり、共同研究をすることになった。早速、Wozney博士らが作成したrBMP-2を用いてROB-C256細胞の分化に及ぼす実験を行った。この細胞は通常の培養条件ではオステオカルシンをほとんど発現していないが、BMP-2で処理するとオステオカルシンの発現が誘導されることが明らかとなった。さらに、BMP-2はROB-C26細胞の筋分化を抑制した。つまり、BMP-2は骨芽細胞の分化を促進するだけではなく、筋肉の分化も抑制することが明らかになった。この研究は当時、須田研究室に国内留学していた北里大学薬学部の大学院生であった片桐岳信先生(現埼玉医科大学ゲノム研究所教授)と行った。片桐先生は、3H10T1/2細胞にBMP-2を添加すると骨芽細胞へ分化することを明らかにした。また、片桐先生は筋肉の衛星細胞に由来するC2C12という筋芽細胞の分化に及ぼすBMP-2の作用を検討し、BMP-2はC2C12筋芽細胞の筋肉への分化を抑制し、その細胞を骨芽細胞へと分化転換させることを明らかにした。これらの結果は、未分化な細胞から分化した間葉系細胞への分化の振り分けで、BMP-2が重要な役割を担っていることを示す、重要なデータとなった。

骨代謝研究と人々との出会い

3)Runx2研究
 1996年の10月頃だったと思う。大阪大学医学部第三内科の小守壽文先生という方から直接お電話を頂いた。電話の内容は、ある転写因子のノックアウトマウスを作成したら、異常な骨をもつマウスが生まれたので、共同研究として一緒に解析をしていただけないかということであった。私も非常に興味があったので共同研究を開始した。まず、小守先生が昭和大学に持ってきたマウスの骨格標本の観察で骨格の形はできているが石灰化していないことが予想できた。そのため、夜の10時頃だったと思うが、直ぐにクリオスタット(凍結切片作製装置)で凍結切片を作った。標本は、中国の西安第四軍医大学卒業の口腔病理医で私のグループのポスドクだった Gao Yu-hao(高紅玉)先生(現在サンフランシスコで歯科開業)が作成した。その標本を観察すると軟骨はできているが、骨が全く形成されていなかった。これはとんでもないマウスができたと驚くとともに、大発見の兆しを直感し、夜中の誰もいない研究室でGao先生と大喜びし、早速、小守先生に連絡したことは今でも鮮明に覚えている。その後の解析でそのマウス[Cbfa1(Rinx2)ノックアウトマウス]では、骨芽細胞の分化が抑制され骨形成が起こらないことが明らかとなり、Cbfa1(Runx2)が骨を造るマスター遺伝子であることを証明できた。小守先生からかかってきた1本の電話を受けることにより、このようなepoch-makingな発見の共同研究者になれたことは研究者として大きな喜びである。

4)教室内での共同研究
 池田通先生(現東京医科歯科大学口腔病理学分野教授)が非脱灰切片を用いたin situ hybridizationの手法を確立し、素晴らしい成果を出した。また、横瀬敏志先生(現明海大学歯学部保存治療学教授)は卵巣摘出ラットの血清中に骨形成を促進する因子が増加していることを明らかにした。さらに、東洋醸造株式会社(現 旭化成ファーマ)か派遣されていた石津谷俊則さんは培養細胞を間歇的にPTHで処理することにより、骨芽細胞分化をin vitroでも促進できることを明らかにし、PTH間歇投与によるアナボリック作用の一部を解明した。

 系統発生と骨格の関連性に興味があったので、九州大学理学部を卒業し、スイス、フランスへの留学から帰国した片岡裕子さんに教室のスタッフになっていただき、まず魚の骨の研究を始めた。彼女は、スイスでゼブラフィッシュの発癌剤によるsaturation mutagenesisの仕事に関与し、小型魚類に関して豊富な知識をもっていたので、ゼブラフィッシュやメダカの飼育法などから教えてもらった。この頃から、魚の骨は形態学的に哺乳類と違うという印象を持っていたが、具体的な差異は自分でもよく分からなかった。

5)他大学からの大学院生との研究と出会い
 口腔病理学教室には前述した昭和大学医学部整形外科の大学院生以外に新潟大学医学部整形外科からは西田三郎先生と金藤直樹先生が、香川医科大学の整形外科からは川崎浩次郎先生が、順天堂大学医学部整形外科からは湯浅崇仁先生などの多くの整形外科大学院生が来ており、一緒に研究を行った。金藤先生は骨芽細胞分化におけるSonic hedgehogの役割を解析してくれた。この研究では、当時、大阪大学歯学部におられた岩本容泰・資己先生、中村卓史先生及び徳島大学の野地澄晴先生に大変お世話になった。金藤先生の研究の続きは順天堂大学から来ていた湯浅崇仁先生が引き継いでくれた。

骨代謝研究と人々との出会い

6)昭和大学Bone Club
 昭和大学歯学部生化学教室には須田立雄先生の下で、ビタミンD研究や骨代謝研究を学ぶために全国から多くの大学院生や研究者が集まっており、須田研究室を支える優秀なスタッフ(堀内登先生、阿部悦子先生、高橋直之先生、新木敏正先生、宮浦千里先生、石見佳子先生、田中弘文先生、宇田川信之先生、瀧戸次郎先生、自見英次郎先生など)と共に研究を行っていた。また、毎週1回Journal Club (Bone Club)が開催され、学内外からも多くの方が参加していた。私は口腔病理学教室の所属であったが、Bone Clubに参加し、生化学教室にもよくお邪魔していた。当時の須田研究室は外部から多くの方が集まり非常に活気があった。東京大学医学部整形外科大学院生の田中栄先生(現東京大学医学部整形外科学教授)、仲村一郎先生(現帝京平成大学教授)、鹿児島大学医学部整形外科大学院生の今村健志先生(現愛媛大学医学部教授)らと生化学教室のスタッフの方々と一緒によく飲みに行き、いろいろなディスカッションをしたことを懐かしく思い出す。よく飲み、よく勉強し、よく仕事をした時代だった。

長崎大学で新たなスタート
 1998年12月10日から長崎大学歯学部口腔病理学講座を担当することになった。赴任直後から、昭和大学で一緒に研究をしていた順天堂大学整形外科大学院生の湯浅崇仁先生とポスドクのGao先生が長崎大学で一緒に研究してくれ、研究室の立ち上げにも協力していただき助かった。

骨代謝研究と人々との出会い

骨代謝研究と人々との出会い

 長崎大学でどのような研究をしようかいろいろと考えた。先端的な研究も重要であったが、誰もしていない研究をしたいと思った。私は脊椎動物の進化に伴う骨組織の変遷、特に水生動物が上陸して生活するようになったときの骨組織の変化に興味があった。この点を解析することにより、我々の骨格の機能と形態の関連性がさらに理解でき、いろいろな骨の病態解析にも関連するのではないかという妄想に近い仮説を立てた。そのため、まず魚類、両生類、爬虫類の骨格を形態学的に解析することにした。この研究を推進するには、いろいろな動物を飼育する必要があった。幸いにも当時技官の森石武史君は大の動物好きであったため、彼を中心としてこの研究を推進することとした。まず教室の1つの部屋を飼育部屋としてアフリカツメガエルの飼育を始めた。そして、オタマジャクシから成長期のカエルの長管骨では、哺乳類と異なり成長板がなく、軟骨内骨化がみられないことが明らかとなった。森石君は、Hedgehogの発現動態がカエルと哺乳類の軟骨内骨化部で異なることを明らかにし、それがアフリカツメガエルで軟骨内骨化が形成されない原因の可能性を示し、社会人大学院を修了して博士号を取得した。その後、森石君は、長崎大学歯学部細胞生物学の小守壽文教授の教室の助教となり、現在は同教室の大庭伸介教授の下で助教として活躍している。

骨代謝研究と人々との出会い

 長崎大学に赴任後、幸いなことに2000-2004年度、徳島大学医学部の松本俊夫先生が領域代表者となり、骨領域の科学研究費補助金特定領域研究が採択され、私も「骨芽細胞の分化調節機構を基盤として新しい骨再生療法を開発する」という研究課題で研究代表者の一人に加えていただき、研究費の補助を受けた。研究室がスムースに立ち上げられたのもこのような研究費の援助があったからこそで、領域に参加させていただいた松本俊夫先生に感謝している。さらに、この松本班の活動で多くの研究者と出会うことができたのは幸運だった。

 長崎大学では教室の塚崎智雄准教授、柴田恭明助教らと一緒に骨再生の研究も開始した。そして、CCN3 (NOV)発現が骨再生の初期に上昇することを見出し、骨再生におけるCCN3とNotchの役割を解析する契機となった。

 当時、医学部整形外科教授だった進藤裕幸先生、第一内科教授の江口勝美先生を中心として、医学部放射線科の伊東昌子講師に私も加えて長崎骨粗鬆症研究会という会が立ち上がった。その会で、毎年、基礎と臨床の骨代謝研究に関連する先生をお呼びして講演会を開催し、多くのご高名な先生方の講演を聞くことができた。また、伊東昌子先生には多くのサンプルのマイクロCT解析をお願いし、大変お世話になった。東京医科歯科大学に移ってからも図々しくサンプルを送り、解析をお願いしていた。感謝、感謝である。

 当時の長崎大学歯学部では、熱心に研究に取組んでいた若い人が多かった。骨代謝関係では歯科矯正学の小林泰浩先生、薬学部大学院生で歯学部で研究していた中島友紀先生らが頑張っていた。彼らとはよく飲みに行き、いろいろな研究を熱くディスカッションした。中島友紀先生は、現在、東京医科歯科大学大学院分子情報学分野の教授で、彼と東京医科歯科大学でまた一緒に研究するとは夢にも思っていなかった。小林泰浩先生は松本歯科大学に移り、現在は総合歯科医学研究の教授として活躍している。

 2003年の暮れに東京医科歯科大学大学院口腔病理学分野を担当することに決まったので、2004年3月に東京に移動することとなった。

骨代謝研究と人々との出会い

東京医科歯科大学での研究

1)骨再生におけるCCN3, Notchの役割
 東京医科歯科大学に移動後、教室の勝部憲一講師(現東都大学教授)と坂本啓助教(現講師)がCCN3, Notchに詳しかったので、彼らと一緒に骨芽細胞分化におけるCCN3とNotchの役割の解析を継続することとした。そして、CCN3がBMP-2に結合してその作用を抑制するとともに、CCN3はNotchに結合し、下流因子であるHey1の活性をあげてRunx2を抑制して、骨芽細胞分化を抑制することを明らかにした。つまり、CCN3はBMPのantagonistとして骨芽細胞分化を抑制し、Notchのligandとしても骨芽細胞分化を抑制していることを明らかにした。さらに玉村禎宏特任助教(現徳歯科大学医学部顕微解剖学助教)の指導で、大学院生の松下祐樹先生(現ミシガン大学歯学部小野法明研究室ポスドク)がCCN3トランスジェニックマウスとノックアウトマウスを使用して、CCN3は骨再生過程で骨再生を抑制する因子であることを明らかにした。今までは骨再生を促進する因子を追求する研究が多かったが、この結果は、骨再生の抑制因子の研究も重要で、その抑制作用を解除することにより、骨形成を促進できる可能性を示唆している。

骨代謝研究と人々との出会い

 私達は2.3 kb Col1a1プロモーターを用いてNotch intercellular domain (NICD)を過剰発現するトランスジェニックマウス作成しており、玉村先生はそのマウスが骨軟化症になっていることを見出し、NotchシグナルがFGF23の発現を制御している可能性を報告した。その作用メカニズムに関しては現在も玉村先生らと共同研究を進めている。

2)口腔癌による骨破壊メカニズムの解析
 東京医科歯科大学では口腔癌の症例が非常に多く、口腔癌の研究に興味を持っている大学院生も多かった。そのため、私の研究の経歴を活かした癌の研究ができないかを考えた。思いついたのは、口腔癌による骨破壊メカニズであった。この領域の論文を読み、詳細なメカニズムはほとんど分かっていないのが現状であることを知った。また、この領域の研究が遅れていたのは以下の3つの点に起因すると考えた。1)多数例を用いた外科病理学的な解析が少ない、2)口腔癌骨浸潤の分子メカニズムの解析が不十分、3)適切な動物モデルがない。このような考えが整理できたので、まず大学院生の石黒真史先生が歯肉癌で顎骨浸潤のあった100例の手術材料を外科病理学的に解析し、癌と骨が直接接する部はなく、癌と吸収部の骨の間には線維芽細胞(間質細胞)が介在していることを明らかにした。そして、骨吸収部では線維芽細胞、骨芽細胞がRANKLを発現していることを証明し、口腔癌の骨破壊過程では癌と顎骨の間に介在する線維芽細胞が重要な役割を担っている可能性を示した。次に大学院生だった栢森先生(現口腔病理学分野助教)は口腔癌細胞が自らIL-6を産生するとともに癌と骨の間の線維芽細胞のIL-6産生も促進して、線維芽細胞/骨芽細胞のRANKL発現が誘導され、骨破壊が進行することを明らかにした。また、口腔癌細胞をヌードマウス頭蓋冠部に移植し、ヒト口腔癌の骨破壊に類似した骨吸収モデルを作成するのに成功した)。さらに、このモデルを利用して線維芽細胞が産生するRANKLだけではなく、口腔癌細胞が産生するRANKLも口腔癌の骨破壊に関与していること、癌細胞が産生するCXCL2が線維芽細胞のRANKL発現を抑制し、OPG産生を上げること、口腔癌及び線維芽細胞の産生するTGF-βが骨破壊で重要であることを明らかにした。これらの研究では、破骨細胞に関して歯学部情報伝達分野の高柳広教授(現東京大学大学院医学研究科免疫学教授)と中島友紀助教(現教授)が大学院生に指導してくださり大変助かった。

骨代謝研究と人々との出会い

3)骨のバイオイメージング
 グローバルCOEプログラムの拠点形成教員であった飯村忠浩准教授(現北海道大学歯学部薬理学教授)が中心となって、骨のバイオイメージングの研究を推進してくれた。飯村先生は生化学、分子生物学、発生生物学の知識、技術に長けており、現在も素晴らしいバイオイメージングの研究を展開している。私の教室に在籍中は、多くの大学院生の研究の面倒をみてくださり、助かった。彼の指導した免疫蛍光染色の写真は素晴らしく、信頼できるものであった。

骨代謝研究と人々との出会い

 以上のように東京医科歯科大学大学院口腔病理学分野で多くの研究をしてきた仲間達に感謝申し上げる。また、教室のスタッフとして一緒に研究を行った勝部憲一先生、飯村忠浩先生、坂本啓先生、玉村禎宏先生、栢森高先生、Lee JW先生、技官の濱垣美和子さんらのご協力に感謝致します。

東京歯科大学での研究
 2015年3月に東京歯科大学を定年退職し、同年4月から東京歯科大学口腔科学研究センター客員教授として本学の研究推進に携わっている。卒後41年目に初めて母校で働くこととなった。赴任後、井出吉信学長より、大学の基軸となる研究プロジェクトを検討して欲しいとのご依頼を受けたので、学内の多くの先生方の協力を得て顎骨疾患を中心とした全学的な研究プロジェクト(顎骨疾患プロジェクト)を立ち上げた。このプロジェクトは「顎骨疾患の集学的研究拠点形成:包括的な顎口腔機能回復によるサステナブルな健康長寿社会の実現」という課題で2017年度文部科学省私立大学研究ブランディング事業に世界展開型として5年間の計画で採択された。本プロジェクトでは「分子・細胞ラボ」「感染制御ラボ」「咀嚼・嚥下ラボ」「ファブラボ」の4つのグループで講座の壁を超えた異分野連携・共同研究体制を構築して、顎骨疾患の病態解析、診断、予防、治療法を推進し、東京歯科大学の研究ブランド力を向上させることを目的としている。本プロジェクトの研究費は5年間文部科学省で支援される予定であったが、文部科学省の都合で支援は2017-2019年度となったため、その後は大学からの支援で2021年度まで進行中である。

http://www.tdc.ac.jp/college/activity/branding/tabid/659/Default.aspx

 本プロジェクトを通じて東京歯科大学の研究活動が活発になっており、今後の発展を期待している。

 以前から骨代謝研究を通して知っていた中村貴先生(生化学講座講師)、溝口利英先生(口腔科学研究センター准教授)もこのプロジェクトで重要な役割を担って活躍している。

骨代謝研究と人々との出会い

骨代謝研究と人々との出会い

日本骨代謝学会での多くの先生方との出会い
 私が骨代謝研究を始めた頃は、骨代謝研究の基礎研究では歯学部のレベルが高かった。硬組織の生化学に関しては東京医科歯科大学歯学部生化学の佐々木哲先生、大阪大学歯学部生化学の鈴木不二男先生、昭和大学歯学部生化学の須田立雄先生などが、形態学では新潟大学歯学部解剖の小澤英浩先生、細胞生物学では明海大学歯学部解剖の久米川正好先生らがリーダーシップをとられていた。その後、須田立雄先生、久米川正好先生、小澤英浩先生が我が国の骨代謝基礎研究の牽引車となってご活躍した。私はまさにこの時期に研究を行っていたので、これらの三人の先生方からのご指導を受けると同時に多くのことを学ばせていただいた。我が国の骨代謝基礎研究の黎明期であったと思う。また、須田先生と久米川先生の破骨細胞に関する凄まじい議論は世界的にも響き渡り、世界の破骨細胞研究を進展させた。現在でも、骨代謝の基礎研究では多くの先生方が活躍しており、世界に素晴らしい情報を発信していることは日本骨代謝学会の大きな財産だと思う。また、医学部。歯学部の臨床系の先生方でも骨代謝の基礎研究を熱心に推進している先生が多く、臨床の先生方との交流は骨代謝の基礎研究に大きな進展をもたらしている。

骨代謝研究と人々との出会い

骨代謝研究と人々との出会い

おわりに
 1980年に明確な目的を持たないまま何となく骨代謝の研究を始め、40年以上も骨代謝研究に関わってきた。この間、山あり他にありでしたが、多くの研究を楽しんでこられたのは、諸先輩方のご指導、共同研究者の努力・協力の賜物です。さらに、多くの友人、仲間、後輩との出会いが、ここまで骨代謝研究を進めてこられた原動力であったことは間違なく、皆様に感謝しています。日本骨代謝学会は主に内科系、整形外科系、歯科を含む基礎系の3グループが混在した学会であるために、自分の専門分野以外の方々と知り合う機会も多く、共同研究が芽生えることも多々あります。このような日本骨代謝学会の特徴を活かして、今後、次世代の方々の活躍により、本学会のレベルがさらに向上し、世界の骨代謝研究をリードする学会になることを祈念しています。

 私は2015年に東京医科歯科大学を定年退職し、その時に「病理学・骨代謝学、そして人々の出会い」という退任記念誌を作成しました。本稿にはその記念誌から抜粋した部が含まれています。

https://drive.google.com/file/d/1XlpFiWwDaMnCfhkepDg2I6qjys8Netpg/view?usp=sharing