日本骨代謝学会

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カテプシンK発見の道のり

JSBMR×O.li.v.e(メディカルレビュー社)共同企画

明海大学 名誉教授・NPO法人 科学映画館を支える会 理事長 久米川 正好

The Chemical Dynamics of Bone Mineral

科学映画制作から骨の研究へ
 私が骨の分野の研究を始めたのは,研究生活の折り返し地点を過ぎた48歳の時だった.それまでは,米国で出会った「Roseチャンバー」と呼ばれる還流培養装置を日本にもち帰って研究していた.そのRoseチャンバーに「科学映画の父」といわれた小林米作氏が興味をもち,私を訪ねて来られたことから私の研究生活が大きく方向転換した.当時,小林氏は製薬会社のスポンサーを得て,まだ細胞レベルでメカニズムがほとんど明らかになっていなかった骨の科学映画を企画・制作しているところだった.Roseチャンバーの扱いには慣れていたものの,骨には馴染みがない小林氏との映画制作は,私にはなかなか大変な作業であった.小林氏の熱意に引っ張られるようにして1980年,映画『The BONE』が完成した.スポンサーの宣伝にはつながらなかったが,国内外の学会で大きな反響があった.

 1986年には,続編として『The BONEⅡ』を制作した.『The BONEⅡ』,では破骨細胞を中心に据え,破骨細胞の誕生から多核細胞への分化(図1),コラーゲン分解の過程を映像化することができた.

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
破骨細胞の融合 (The BONEⅡ,1986より)

骨代謝における破骨細胞の作用は「骨吸収」と表現されるが,映像を見る限り破骨細胞は骨を吸収するというより,骨を溶かしているように見えた.さらに,1993年には骨細胞に焦点を当てた『OSTEOCYTE』を制作し,ここに骨の科学映画3部作が完成した.このように,小林氏との出会いをきっかけに破骨細胞や骨細胞の営みの映像化から私の骨の研究がスタートした.

血球幹細胞から分化する破骨細胞
 『The BONEⅡ』の制作にあたり,破骨細胞の多核細胞をどのようにして作るかという難題があった.海外の報告では,ラットの骨組織に活性型ビタミンDを加えると多核細胞ができるということだったが,その量は3週間でわずかであった.とりあえずその現象を再現しようとしたが,たまたまラットが手元になく,代わりにマウスを使用した.すると,偶然用いた幼若マウスでは,同様の手法で短期間に多くの多核細胞が形成されることが観察できた.これ以降,破骨細胞の仕事はほとんどマウスを用いるようになった.

 破骨細胞の起源となる細胞の特定については,当時自治医科大学で血球細胞の分化に関する研究をされていた須田年生先生の協力を得た.破骨細胞が血球幹細胞由来であるという仮説が正しければ必ず破骨細胞が形成される実験系を須田先生に組んでいただき,うまくTRAP陽性の多核細胞を作製することができた.ところが,混入した他の細胞から多核細胞ができた可能性もあるというクレームがついたため,リ・クローニングして間違いなく血球幹細胞から破骨細胞ができることを1989年に証明した(1)

偶然と創意工夫による 骨吸収アッセイ系の確立
 ただ,この細胞はまだ「破骨細胞もどき」で,多核細胞となりTRAP陽性を示すものの,骨吸収作用は示さない.そのため,次に動物から正常な破骨細胞を得てどのようなメカニズムで骨吸収を行うのかを明らかにすることを試みた.この時,従来の生化学的あるいは組織学的手法では破骨細胞の作用メカニズムを明らかにすることは難しいと直感し,未知の遺伝子をクローニングすることを考えた.そのためには相当量の破骨細胞が必要になるが,出生直後のマウスはあまりに小さく,大量の細胞採取には不向きだった.ニワトリや仔牛,仔豚などが候補に挙がったが,最終的にある程度の骨のサイズがあることと安定供給が可能だったことから,ウサギ(家兎)を用いて破骨細胞を採取することにした.

 一方で,破骨細胞の働きを明らかにするにはその活性を評価する方法が必要だった.当時は英国のChambers氏が開発した骨片上で培養した破骨細胞の吸収窩を走査顕微鏡で測定する骨吸収評価法が主流だったが,均質な骨片を用意したり,既存の窪みを吸収窩と区別することは簡単ではなく,Chambers氏の方法を改良することにした.まず鹿の角やクジラの歯などさまざまな材料を検討し,最終的に比較的均質性の高い象牙を用いることにした.材料は決まったが,こんどは培養で用いる96穴プラスチックシャーレにうまく配置できるサイズの象牙切片を作製するのに苦労した.試行錯誤していた時,たまたま書類用の穴あけパンチャーを使用してみたところ,シャーレの穴のサイズと同じ直径4mmの切片を面白いように切り出すことができた.そしてもうひとつ偶然だったことは,別の用途で流し台に置いてあった酸性ヘマトキシリン液に,吸収窩に残った骨基質を鮮明に染め上げる性質があることがわかったことである.このように,いくつかの偶然が重なって確立した骨吸収アッセイ系(2)は,その後,広く使用されるようになった.

家兎の骨から1,000万個の 破骨細胞を採取
 一連の研究を推進するために,分子生物学に明るい若手の研究者が必要だった.当時ヘキスト社(現在のサノフィ・アベンティス)の研究所で骨芽細胞の研究をしていた手塚建一氏に白羽の矢を立て,3年の期限を設けて参加してもらった.まず,破骨細胞から未知の遺伝子をクローニングするためには純粋な破骨細胞が大量に必要だった.破骨細胞1,000万個を目標に,採取方法の試行錯誤が始まった.その頃,われわれの教室にライデン大学のNijiweide氏が短期留学する機会があった.Nijiweide氏はさまざまなアイデアを披露してくれた.一つの方法は,ヒトの巨細胞腫から分離された破骨細胞に特異的に結合する性質をもつホートン抗体を利用して,それを鉄のビーズにくっつけて磁石で釣り上げるというものであった.それを顕微鏡で初めて見たときは夢心地であったが,破骨細胞以外の細胞も引き寄せてしまうため,別の方法を考える必要があった.

 細胞塊をひと晩培養したのちに洗い流せば,生きた破骨細胞だけ採取できるのではないかとも考えたが,試してみると他の細胞は採取できたが破骨細胞はシャーレに残ってしまう.——ここで発想を転換した.破骨細胞はプラスチックシャーレに接着しやすい性質があるため,ひと晩置いて周りを洗い流せば破骨細胞だけが残るはずである.試してみると確かにそのとおりだった.またこの時,家庭用霧吹きを使うことで,大量のシャーレを簡単かつ正確に,効率よく洗い流すことができるようになった.こうして最終的に,家兎の骨から約1,000万個の破骨細胞を採取することができた.

カテプシンKのクローニング
 手塚氏の赴任後,本格的に破骨細胞特異的な遺伝子の探索研究がスタートした.当時の手塚氏の実験ノートには,なかなかうまくいかない試行錯誤の日々がつづられていたが,半年後にはオステオポンチンのクローニングに成功し(3),開始から1年後にはOC−2(のちのカテプシンK)をクローニングすることができた(図2)(4)

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
2個のコロニーを発見,オステオポンチンとOC−2(文献4より引用)

この時点で,遺伝子配列上OC−2はカテプシンの一種であることが推測されたが,ウサギの遺伝子配列の情報がほとんどなかったため,これが新しいカテプシンであるかどうか判然としなかった.そうした時に,当時のチバガイギー社(現在のノバルティスファーマ)との新規骨粗鬆症治療薬の開発に関する共同研究の話がもち上がった.共同研究者として赴任してきたプロジェクトリーダーの小久保利雄氏と石橋 宰氏を中心に同社研究所で所有していたヒト変形性関節症患者の病変骨端検体からcDNAライブラリーを作製し,われわれがクローニングしたOC−2がヒトOC−2相同遺伝子であることが証明された(5)

 カテプシンは,肝臓から分離されたものはカテプシンL,脾臓はカテプシンSというように,分離された臓器に由来した名前をつけるのが慣例だった.OC−2は破骨細胞(osteoclast)から分離されたのだから「カテプシンO」でいいだろうと考えたが,同時期に卵巣から分離されたカテプシンにすでに「カテプシンO」が使われていた.みんなで話し合っているうちに,「久米川先生のKでいいじゃないか」ということになった.当時のメンバーの多くにKのイニシャルが共通していたこともあって,とくに異論もなくOC−2は「カテプシンK」と名付けられた.

震災を乗り越えカテプシンKによるⅠ型コラーゲンの分解活性を証明
 チバガイギー社は骨粗鬆症治療薬の開発に最終的な目標を置いていたため,その後,石橋氏を中心に抗カテプシン抗体の作製が進められた.ただ,もともと組み換え型酵素はウサギ由来の蛋白質だったことから,ウサギで抗体を得ることは難しかった.そこで,当時注目されつつあったニワトリのIgY抗体を利用し,外注して抗カテプシンK−IgY抗体を作製した.この抗体がその後,酵素の精製や酵素組織化学による局在解析のためのツールとして活躍することになった.骨吸収窩底に未分解のコラーゲン線維が残ることが明らかになったのも,この抗カテプシンK−IgY抗体を作用させたことによる(図3).巨細胞腫を用いることにより,ヒトカテプシンK酵素を精製することも可能となった.

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
作用機構:骨吸収の抑制

 一方で,チバガイギー社の宝塚研究所では,安定供給可能な組み換え型酵素の産生に取り組んでいた.当初は大腸菌の発現系で試みたもののうまくいかず,昆虫細胞の発現系を用いたところ,ネイティブヒトカテプシンKとほぼ同様な活性を示す組み換え型酵素が得られることがわかった.その矢先,1995年1月17日午前5時46分,阪神・淡路大震災が発生したのである.兵庫県にあった研究所も少なからず被害を受け,カテプシンKを大量発現させるべく作製していた昆虫細胞株が死滅してしまい,われわれの研究も一時中断せざるを得ない状況になった.震災後,数カ月かけて昆虫細胞株を再構築し,カテプシンKを得ることができるようになり,さらに詳細な生化学的解析が進められた.この時の重要な発見は,カテプシンKが三重らせん構造を保持した状態のⅠ型コラーゲンに対する分解活性を有することで,類似カテプシンとされるカテプシンBやカテプシンLはそのような活性を示さないことも確認された.

カテプシンK選択的阻害薬の開発へ
 その後,チバガイギー社はサンド社と合併してノバルティスファーマになり,骨粗鬆症治療薬の開発も同社に引き継がれた.カテプシンK選択的阻害薬Balicatib(AAE581)の開発は第Ⅱ相臨床試験まで進んだが,一部に皮膚硬化などの副作用が出現し,残念ながら開発中止を余儀なくされた.一方でメルク社が開発を進めていたOdanacatib(MK−0822)は第Ⅲ相臨床試験の結果も良好で,数年のうちに上市される見通しである.カテプシンKの存在が証明されて約20年,薬剤の開発にわれわれが直接携わったわけではないが,ようやく骨粗鬆症治療薬として臨床に役立てられる日が近づいていることに感慨を覚える.  研究生活を振り返ってみると,私はこんなふうに感じる.「知らなすぎるのは論外だが,ある程度知らないことがあったおかげでかえって柔軟な発想ができたのかもしれない」と.スタート時点で専門家でなかったからこそ,ただ「責任は自分がとる」と肚をくくって,優秀な若い研究者に思う存分研究に取り組んでもらえるような環境づくりに徹することができたにちがいない.そしてそれで良かったのだと考えている.

70歳の手習いでSNSを駆使した 映像配信事業へ
 私は2002年に大学を定年退職し,2004年から科学映像館の理事長としての日々を送っている.科学映像館の運営が私の新たなライフワークといってよい.大学にいた頃はまったくパソコンを使えなかった私が,いまや多種多様な提供先から収集したフィルムをデジタル復元しては,週に1度新しい作品をパソコンを用いて配信し,Twitterやfacebookで情報を発信している.ジャンルは生命科学だけでなく,自然科学,動植物,工業,農業,社会など多岐にわたり,2015年5月現在,総配信作品数は740本を超えている.数年前からは定期的に国立国会図書館にも納めており,現在約260作品が国立国会図書館のサーバーにアーカイブされ,館内で視聴できるようになっている.研究生活を劇的に変えるきかけとなった映像の仕事に,80歳になった今もかかわりが持てることに私は運命的なものを感じるのである.

科学映像館 ウェブサイト

http://www.kagakueizo.org/

文献
1) Kurihara N, et al:Generation of osteoclasts from isolated hematopoietic progenitor cells. Blood 74:1295−1302, 1989
2) 高田幸宏,住谷光治,久米川正好:骨吸収窩(pit)形成能による骨吸収活性の定量的解析法.骨形成と骨吸収及びそれらの調節因子Ⅱ(須田立雄 編).廣川書店,東京,1995,p264 −272
3) Tezuka K, Sato T, Kamioka H, et al:Identification of osteopon-tin in isolated rabbit osteoclasts. Biochem Biophys Res Com-mun 186:911−917, 1992
4) Tezuka K, Tezuka Y, Maejima A, et al:Molecular cloning of a possible cysteine proteinase predominantly expressed in osteo-clasts. J Biol Chem 269:1106−1109, 1994
5) Inaoka T, Bilbe G, Ishibashi O, et al:Molecular cloning of human cDNA for cathepsin K:novel cysteine proteinase pre-dominantly expressed in bone. Biochem Biophys Res Commun 206:89−96, 1995