日本骨代謝学会

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軟骨代謝研究事始

大阪大学・白求恩医科大学 名誉教授 鈴木 不二男

The Chemical Dynamics of Bone Mineral

はじめに
私は最初、赤堀四郎、泉 美治両先生(阪大理、蛋白研)の下で有機化学の基礎を学び(1953-56)、続いて須田正己先生(阪大微研、医)の門を叩き(1956-60)、後には、竹田義朗先生(阪大医、微研、歯)のご指導を仰いで酵素化学および代謝調節研究の方法論を学んだ(1957-74)。次いで、フルブライト研究員として滞在したカリフォルニア大学生化学部(Berkeley)では、光に不安定なビタミンB12補酵素を発見されたH. A. Barker教授の下でClostridium tetanomorphumを用いてGlutamate mutase(ビタミンB12補酵素を必要とする)の研究に従事した(1961-64)。Barker研に着いて最初に驚いたことは、ビタミンB12補酵素が光に不安定であることをH. A. Barker教授が発見されたために研究室の窓には一日中暗幕が垂らされており、必要な時には小さな赤ランプを点けて実験を行うという状況であった。過去の研究者はその点に全く気が付かなかったために、実験中にビタミンB12補酵素がどんどん失活してしまい、訳が分らなくなってしまったのである。1963年にはBarker教授が主催されたNew York Academy of Scienceのシンポジウムに参加し、その後、Atlantic City (New Jersey)で開催されたFederation Meetingにおいて口頭発表を行う機会に恵まれた。さらに後には、文部省在外研究員としてニューヨーク州立大学医学部(Syracuse, Jay and Helen Tepperman教授)に客員教授として滞在した(1974-75)。
 私は豊中市の克明第二尋常高等小學校に在學中、神武天皇即位紀元(皇紀)2,600年(昭和15年)に戦時体制が強化されて國民學校令が公布されたので、櫻塚國民學校と改名され、「鬼畜米英」、「欲しがりません、勝つまでは」と教え込まれてきた。その私が、後年、まだ日本が貧しく海外渡航も自由化されていなかった時期に、米国のフルブライト委員会より往復旅費を支給されるという幸運に恵まれ、カリフォルニア大学生化学部に留学することになろうとは、夢にも思わなかった。

歯学部に移ってから始めた研究
1960年、大学院理学研究科を修了した後、竹田先生のお供で、最も御縁が薄いと思っていた歯学部生化学講座の助手に採用され、生化学講座の創設に参画した。ところが、竹田先生は口腔生化学というものは存在しないというお考えで、それまで医学部や微生物病研究所で展開されてこられたチロシン代謝に関与する酸素添加酵素の研究を始めとして、ATPクエン酸リア―ゼ、オルニチン脱炭酸酵素、ポリアミンなどの研究で成果を挙げておられた。したがって、歯学部に移ってから初期の十数年間は微生物やラットの肝臓あるいは脂肪組織など、柔らかい組織ばかりを相手にして一般的な生化学の研究に打ち込み、例えば脂肪酸合成系の律速酵素の一つであるATPクエン酸リアーゼの研究では「日本生化学会奨励賞」を受賞するなど、ある程度の成果を収めたものの、そのような研究は歯学部の人々には何ら関心を呼ばなかった。そこで私の代になって、歯や骨のような硬組織を相手にして、しかも生化学的にも興味深い研究ができぬものかと苦慮していた。丁度その少し前、私が理学部化学科の赤堀研究室の大学院学生であった頃に中央公論社から出ていた「自然」という科学雑誌に連載された須田正巳先生の「適応酵素の研究」に魅せられて、赤堀研に籍を置いたまま微生物病研究所の須田研究室の門を叩いたが、実はそのような不思議な御縁で私も理学部化学科から微研、医学部栄養学教室を経て歯学部生化学講座に移ったのであるが、微研時代に御一緒に過ごしたことのある整形外科の下村 裕先生が米国で成長軟骨を筋肉中に移植するとその周囲に骨ができるという研究をなさっておられた実験の続きを我々の教室でやられることになった。そこで私もこのお考えに共鳴して生化学的な立場から、この問題に取り組み、軟骨細胞から出発して骨形成に至らせる過程をin vitroで再現させるという大計画を立てて研究を始めた。1970年代半ばのことである。そこで始めたのがラットやウサギの成長軟骨細胞を培養して様々な研究を行うというものであった。当時の生化学研究の主流はアミノ酸代謝や酵素化学の研究であり、生化学者が細胞培養を行うなどということは、当時としてはありえないことでした。そこで、どうしていいか分らなかったので、文献を調べたところ、京都大学理学部の岡田節人先生の教室でニワトリembryoの軟骨細胞を培養して活発な研究を展開されていることが分ったので、早速、米田俊之君を連れて岡田研に弟子入りをして細胞培養の手法を習いに出かけた。清水の舞台から飛び降りるような心境で今までの手慣れた手法や考え方を一旦、措いて新しい研究分野の開拓にチャレンジしたのである。しかし、何しろこの種の研究は、それまで手慣れていた酵素化学の研究や代謝調節の研究とは異なり、戸惑うことも多く、なかなか思うように成果が得られなかったので、一時は辞職しなければならないかと苦しんでいたが、やっとその間、辛抱強く見守って下さった竹田義朗先生のお陰で今日の我々の研究が日の目を見たと言っても過言ではない。その結果、何とか哺乳類の軟骨細胞の培養に成功し、成長軟骨細胞が特定の条件で骨形成能を発現すること1)、この系が副甲状腺ホルモン、カルシトニン、活性型ビタミンD3をはじめとして多くのビタミンやホルモンに応答することが明らかとなり2,3)、細胞増殖や分化機能の発現、抗腫瘍血管造成因子の問題にまで発展させることができた。その後、歯学部はもとより医、理、農学部をはじめ民間各社研究所などの多くの若い方々が、私が設定した問題に興味を持って頂いたお陰で、軟骨由来軟骨細胞増殖制御因子[cartilage-derived factor (CDF) 4-9, chondrmodulin-I(ChM-I) 10, ChM-II) 11]、ヒト軟骨肉腫由来細胞株の樹立12)、腫瘍血管新生抑制因子、さらには成長軟骨細胞と骨髄細胞の逐次混合培養系13)や成長軟骨細胞の高密度浮遊培養系14)を利用した「軟骨細胞完全分化モデル系」の研究15)にまで発展させることができた。なお、この間の研究成果を日骨代謝誌16,17)およびBone and Mineral Researchの第8巻18)に記載したほか、Biochem. Biopyhys. Res. Commun.のBreakthrough and Views19)およびConnective Tissue Res.20)に投稿するよう招待を受けた。さらに森井浩世教授からClinical Calciumに軟骨代謝に関する連載を企画するように投稿するよう招待を受けた21)。  1979年にTorontoで開催された「第11回国際生化学会議」に出席した帰途、Berkeleyに恩師のH. A. Barker教授をお訪ねした。新しく建てられたDepartment of Biochemistryは先生のご功績を記念して「H. A. Barker Hall」と名付けられていた。Barker先生(米国科学アカデミー会員)に研究の進捗状況をお話ししたところ、「君は面白いことをやり始めたね。Proc. Natl. Acad. Sci. USA (PNAS)に紹介してやろう。」と仰って下さり、1980年から81年にかけて
(1)竹田先生からのテーマであったポリアミンが、軟骨細胞では細胞増殖以外に分化にも関与していることを示唆した研究、
(2)軟骨細胞由来の増殖分化制御因子の研究、
(3)軟骨細胞と骨髄細胞との逐次混合培養法を開発して初期石灰化のシュミレーションを行った研究の三本柱の研究を一気にProc. Natl. Acad. Sci. USAに発表することができた6,13,14)
PNASに投稿するためには米国科学アカデミー会員の推薦を必要としたが、Barker先生が同アカデミーの会員であられたので、我々としては非常に幸運であった。このような幸運が重なって我々の研究が世界中の多くの関連研究者にいち早く知られる結果となり、1980年にはL. G. Raisz教授から、1983年にはG. A. Rodan教授から、いずれも「骨と歯に関するGordon会議」(米国New Hampshire州)に招待されたり、A. Raina教授からはLinderstrom-Lang会議(1981年、フィンランド)に、A. H. Harell教授およびM. Silbermann教授から第5回国際石灰化組織ワークショップ(1982年、イスラエル)に、Dr. D. M. Spencerから国際ソマトメジン/IGFシンポジウム(1982年、Nairobi, Kenya)に、鎮目和夫教授から第7回アジア・オセアニア内分泌会議(1982年、東京)に、A. E. Pegg教授からポリアミンに関するゴードン会議(1983年、米国)に、藤田拓男教授から第8回国際カルシウム調節ホルモン会議(1984年、神戸)に、さらには第7回国際内分泌会議(1984年、Quebec, Canada)に、第3回国際細胞生物学会議(1984年、東京)などにも招待を受けるに至った。それに加えてG. H. Sato教授から国際細胞増殖・分化シンポジウム(1984年、福岡)に、Dr. S. Y. Aliから第4回国際基質小胞会議(1985年、Cambridge、英国)に、H. Fleisch教授から第1回、第2回、第3回国際骨・軟骨細胞調節因子ワークショップ(1985年、1988年、 1992年、いずれもDavos、Switzerland)に、P. Ghosh教授および永井 裕教授から第1回および第2回環太平洋結合組織学会議(1989年、Cairns, Australia;1992年、Bali, Indonesia)に、B. Preston教授から国際マトリックス会議(1991年、Lorne, Australia)に、B. D. Boyan教授から第4回テキサス石灰化組織ワークショップ(1992年、San Antonio)などに次々と招待を受けるに至った。なお、1984年には我々の研究に対して「朝日学術奨励金」を頂いた。[写真1]

The Chemical Dynamics of Bone Mineral
[写真1]朝日学術奨励金受領(朝日新聞夕刊記事)(July 18, 1984)

その他、国立がんセンターがん研究振興会、内藤記念科学振興財団、大阪対ガン協会、山田科学振興財団、三島海雲記念財団、成長科学協会、蛋白質研究奨励会(金子・成田研究奨励会)、日本応用酵素協会、成人病医学研究振興財団、持田記念医学薬学振興財団、工藤学術財団、興和生命科学振興財団、伊藤記念財団、武田科学振興財団、三菱財団、千里ライフサイエンス振興財団、上原記念生命科学財団、新化学発展協会、などより多額の研究助成金を賜り、研究室員一同、大きな励みとなった。
 なお、教授就任直後の1977年には河村洋二郎学部長のご配慮により、文部省の特定研究を受領することができ、当時間借りをしていた旧蛋白研の元所長室を細胞培養室に改造することができた。奇遇にも生化学講座に割り当てられた旧蛋白研の部屋が、以前、恩師の赤堀四郎先生がおられた所長室であったため、総長室からも近く、時々、先生が訪ねて来られ、研究の進捗状況を尋ねられ激励を受けた。そんなある日、赤堀先生から研究費は十分あるかと電話を頂き、上記、国立がんセンターの助成金に応募しなさいとのお言葉で、その翌日、わざわざ申請用紙を持ってきて下さったのには大変恐縮した。我々の申請が採択されたのは先生のお陰であり、恩師のありがたさをしみじみと味わったのである。いつ頃だったか、赤堀先生は台風の後、ご自宅の倒れた庭木を起こそうとして“ぎっくり腰”になられたことがあり、「君のホルモン(軟骨由来成長制御因子のことを指して言われた)が効かないかね」と言われたのには困惑した。その時以来、これをいつか臨床応用に結び付けたいと密かに誓ったのである。また、ある日、病床に伏されておられた須田正己先生をお訪ねしたところ、「君の研究にはストーリーがある。」と仰って激励された。

コンドロモジュリンの同定
軟骨基質中には軟骨細胞自身の増殖・分化を制御する機能性基質が存在する可能性が指摘されていた。そこで我々もこれを確かめるために、ウシ胎仔軟骨より軟骨細胞の増殖を促進する因子の探索を試みた結果、ソマトメジン様活性を有する因子が存在することを見出し、これをcartilage- derived factor (CDF)と名付けた4-6)。しかしその後10年を経過してもその本体を明らかにする事はできなかった。ちょうどその頃、三菱化学のご協力により蛋白研からリクルートした開 祐司助手を中標津牧場に派遣して約2kgの新鮮なウシ胎仔軟骨から本因子の精製に再チャレンジを試みたところ、ウサギ軟骨細胞培養系でbFGFの作用を相乗的に促進する因子の完全精製に成功し、この因子が軟骨細胞の増殖・分化をmodulateすること、また軟骨中には同様の活性を示す数種類の因子が含まれていることから、これを全構造が解明された機会にCDFに代えてchondromodulin-I( ChM-I)と改名し、そのChM-I前駆体cDNAをクローニングした結果、この前駆体は335個のアミノ酸から成り、そのC末端部に121個のアミノ酸からなる成熟ChM-Iがコードされていることが分かった10)

ChM-Iのコンドロモジュリン作用と血管新生抑制作用
 軟骨には、最も強力な血管新生因子であるbFGFが豊富に存在するにもかかわらず、何故、血管が存在しないのかが大きな謎であった。Folkmanらは、この理由として軟骨には血管新生抑制因子が存在するためであろうと指摘していた。我々もウシ胎仔軟骨から血管内皮細胞の増殖阻害画分を分離して、これを担癌総物に投与したところ、明らかな抗腫瘍活性を認めたが、その本体は長らくの間、不明であった。そこで、この点を再検討したところ、軟骨中の血管内皮細胞増殖抑制因子のN末端配列がChM-Iの配列に一致することが分かった22)。そこで精製したChM-Iについて検討したところ、ChM-I自身も血管内皮細胞のDNA合成や増殖を阻害するのみならず、コラーゲンゲルを用いたサンドイッチ法により、血管内皮細胞による管腔形成をも阻害することが明らかとなった。したがってChM-I自身が軟骨細胞に対してはコンドロモジュリン作用を、血管内皮細胞に対してはアンギオインヒビン作用を発現することが示された。
 一方、ChM-ImRNAの発現は軟骨組織に特異的であるものの、石灰化が始まる軟骨細胞や骨組織ではその発現が消失していることがin situハイブリッド法により確かめられた。ところが、bFGFは、軟骨や骨にひろく発現し、石灰化軟骨細胞での消失も認められず、むしろ高まっているという結果が得られた。以上の事実は、強力な血管新生因子であるbFGFが豊富に存在するにもかかわらず、何故、軟骨には血管が存在しないのかという永年の疑問に初めて答えうるものと思われる。

ChM-IIの構造と機能 -軟骨から骨への転換におけるオステオポエチン作用
 一方、ウシ胎仔軟骨抽出物からChM-Iとは異なる16kDaの軟骨細胞増殖促進因子の精製にも成功したので、これをChM-IIと命名した。これをウサギ成長軟骨細胞培養系に添加すると、用量依存的にDNA合成およびプロテオグリカン合成が促進された。ChM-IIは133個のアミノ酸残基から成る新規の蛋白質であったが、その配列はv-myb発癌遺伝子産物により直接転写されるニワトリ前骨髄球に特異的な35kDaのmim-1遺伝子産物のリピート-1およびリピート-2に約57%のホモロジーが認められた。ところがChM-IIは軟骨細胞においては、その増殖とプロテオグリカン合成を促進するがChM-Iとは異なり血管内皮細胞の増殖および管腔形成には何ら影響を与えなかった。さらに最近の知見によれば、ChM-IIは破骨細胞や骨芽細胞の分化にも促進的に働くオステオポエチン作用を発現することが明らかになった。従来の研究では、骨形成を促進する因子は、いずれも骨基質にのみ存在すると誰もが信じていた傾向があり、破骨細胞と骨芽細胞との相互作用にのみ関心が持たれてきたが、石灰化軟骨細胞への分化が進行するに連れて、その周辺に蓄積されていた内在性因子が未分化間葉系細胞に作動して、破骨細胞や骨芽細胞への分化が促進され骨形成へと向かうと考えるのが、最も自然に適っているのではないかと思われる。以上の事実は、私が当初より悲願とした命題である「軟骨細胞からスタートして骨形成にまで至らせる実験形」がやっと確立され、さらに内軟骨性骨形成を制御する内在性の共役因子(軟骨形成と骨形成を結びつける)が初めて同定されたことになる。

JBMMのEditor-in-Chiefを12年間も務めた経緯
 JBMMのEditor-in-Chiefに就任するよう要請された顛末については、マトリックス研究会のMatrix News, No. 7 (98)23)、Editorial, JBMM (2004)24), THE BONE, 20 (5), 131-148 (2006)25)に詳しく記載した。その他、JBMMにとってもう一つの重要な出来事は日本骨粗鬆症学会の機関誌を吸収したことである。その顛末についてはEditorial, JBMM (2004)26)に記載した。

International Symposium on Cartilage Metabolism (ISCM)の開催
 かねてより欧米の関連研究者から軟骨代謝に関するシンポジウムを是非、日本で開催してほしいと要請されていたので、偶々「大阪大学創立50周年記念シンポジウム」の助成金に応募したところ、幸いにして採択された。そこで数年前から最も熱心に要請されていたBarbara D. Boyan教授(当時、テキサス大学、San Antonio, Texas, USA)をCo-Chairpersonとして、1994年に千里ライフサイエンスセンターにおいて、海外から23名、国内から20数名の優れた研究者を招いて開催することができた。
 実は私が理学部化学科・赤堀研の大学院学生であった頃(1957)、戦後の日本において初めて「国際酵素化学シンポジウム」(International Symposium on Enzyme Chemistry, Tokyo and Kyoto, October 15-23, 1957)が開催され、先進国の有名な学者たちが戦後初めて来日されたので、我々も感激して参加した。このときの特別講演はH. Theorell、F. Lipmann、W. A. Engelhardt、B. Chance、F. Lynenなどのノーベル賞受賞者クラスの人々に加えて、日本の代表として田宮 博教授(東大・理・植物)が担当された。田宮先生は、このとき”The Koji, an Important Source of Enzymes in Japan”と題して日本は約1,700年前に中国から麹の利用法を習い、それ以来、麹を用いて日本の風土に即した食品を開発してきたこと、しかし、その酵素化学的な機構については19世紀の後半になってやっと研究され始め、西欧にも伝えられるようになったことから説き起こし、赤堀先生のTaka-Amylase Aの結晶化をはじめ、様々なproteinase、ribonucleo-depolymerase、adenyl-deaminase、purine nucleoside hydrolase、glucose dehydrogenase、D-glutamic acid oxidaseなどに関する日本人研究者の業績を紹介され、”Koji may justly be called the national enzyme of Japan, both as an objective of scientific studies and as a material indispensable in the dietary life of the people”と結ばれた。私はこのとき、田宮先生の心意気に打たれたことを思い出し、是非、田宮先生の故事に倣って、日本における軟骨代謝の研究の流れを外国人参加者の知ってもらいたいと考えた。そこで、その頃、偶々私は阪大の生命科学図書館長を拝命していたので、明治以前は日本医学史で、明治以降は医学中央雑誌(創刊:1903年:明治36年)の第1巻から現在に至るまで、「軟骨」のキーワードで日本における軟骨に関する研究報告を網羅的に検索して頂いた結果を30分にまとめてOpening Lectureを行った。すなわち、10世紀の後半に丹波康頼が著した全30巻の大著「医心方」の第18巻に骨・関節疾患損傷の治療法が記載されているところから説き起こし、江戸時代の蘭学の影響を経て最近の研究に至るまで、その発展の歴史を紹介した。その中には今まで埋もれていた緒方知三郎先生(東大・医・病理)一門の唾液腺ホルモン(Parotin)の研究や、稗田憲太郎先生(久留米医大・病理)のOsteogeninの研究など、日本における骨・軟骨代謝研究の先駆的な業績を掘り起こす結果となった。なお、このシンポジウムのPlenary LectureはDick K. Heinegard教授が、またClosing RemarksはDavid S. Howell教授(University of Miami, USA)が担当された。  このシンポジウムを開催した時期は、まさにJBMMのEditor-in-Chiefを引き受けた時期と重なった。その時は投稿数が僅かに2編しかないという悲惨な状態であったので、やむを得ずISCMのアブストラクトを2号に分けて掲載して何とか切り抜けた27)、28)

おわりに
最後に、長らくお世話になった歯学部に熱く感謝の意を表したい。私が軟骨細胞の増殖分化と骨形成に関する研究を推進することができたのは、歯学部にお世話になったからに他ならない。もし私が歯学部に来なければ、硬組織という発想が得られないから、絶対といってよいほど、この種の研究を行わなかったに違いない。実は私が理学研究科の大学院学生であった頃、赤堀先生から折に触れて伺ったことを思い出す。それは次のようなお言葉であったと思う。「特別な天才でない限り、純理的に優れた問題を捉えることは極めて困難である。われわれの頭脳で考えることは、多くは誰でも考える月並みな問題である。しかし生化学に対しては医学、薬学、農学などより絶えず援助を要請される。生化学者がそれらの応用的な問題にも興味を持ってそれに援助を惜しまないならば、それらの問題の中に純理的にみても重要で興味ある多くの問題を見出すであろう。そのようにして発見した問題を捉えて深く学問的に掘り下げるならば、そこに必ず独創的な研究を展開しうるものと信ずる」。今にして思えば、赤堀先生のお言葉が私の頭の何処かに焼きついており、それが背景とも支えともなって、歯学部における生化学の研究を行うに際して内軟骨性骨形成の機構の研究を始める推進力になったものと確信している。私が一つだけ誇りとしていることは、米国から帰国後、米国で学んだ研究の延長線上の研究を続けたのではなく、置かれている学部に立脚して全く新しい分野を開拓し、それまでに学んだすべての経験を盛り込んで自身の考え方と方法論を駆使して研究を進めることができた点である。幸いにして多くの若い方々が、私が設定した問題に興味を持って頂き、ある程度の水準にまで研究を展開することができて夢を見てもらえたのではないか、少しは歯学部にご恩返しができたのではないかと思う。私は今まで、前のみを見て歩んできた。未来を見つめるのが習性になってきたが、越し方を振り返ってみて些かの感慨なきにしもあらずである。私の研究に対する姿勢はあくまでも自然体であり、「自然の扉」をこじ開けようとすると本質を見誤る恐れがあり、どちらかと言えば、さまざまな角度から真実を汲み取りうるようにするというのが、私の性にあっていたと思う。研究室の諸君にはいろいろと迷惑をかけたことも多かったと思うが、いずれにしても私が今日あるのは、まさに協力して下さった若い方々、さらには赤堀先生、須田先生、および両研究室出身の多くの俊秀の方々のご薫陶の賜物に他ならない。ここに重ねて感謝の意を表したい。今後はbrain workを高めて知的遺産を少しでも次の世代の人々に伝えること、および本学会英文誌(JBMM)の一層の質的向上を期待したい。この件については、とくに本学会会員の皆様の絶大なご支援をお願いする次第である。  私は1995年10月にMilwaukeeの近くのKohlerという村で開催された「第5回国際石灰化組織の化学および生物学会議」で石灰化機構(I)のセッションの” State-of-the-Art lecture”を依頼された。また退官後の 5月にはDavid S. Howell教授より”Kroc Foundation Lecture”[写真2]に招かれフロリダに出かけた。さらにBMPが初めてクローニングされたGenetics Institute(GI)のSteve Herrmann博士からも講演に招かれた。さらに2001年に開催されたFirst International Conference on the Growth Plate (San Antonio, Texas, USA, June 15-19, 2001)においては、Yousuf Ali教授(Cambridge University, GB)および D. H. Howell教授(University of Miami, USA)とともにこの分野の先駆者の一人として表彰された[写真3]

写真2、写真3
[右:写真2]Kroc Foundation Lecture (University of Miami, Miami, Florida, USA, May 16 (1996)
[左:写真3]First International Congress on Growth Plate, San Antonio, Texas, June 15-19 (2001)

 軟骨細胞の分化にはFGF、IGF、TGFβなどの普遍的な因子以外に、軟骨細胞自身が産生した制御因子群によって、普遍的な因子の作用を微調整しつつ、軟骨から骨への転換を制御する内在性因子がクローズアップされてきた。今後は増殖因子と制御因子のネットワーク、未分化間葉系細胞から軟骨細胞への初期分化の機構、各分化段階に特異的に発現するマトリックスや細胞接着因子とその受容体の同定、さらにはMMPやTIMPの逐次発現機構の解明など内軟骨性骨形成の機構を廻って興味は尽きない。いずれにしても軟骨細胞は、嫌気的な条件でコラーゲンやプロテオグリカンなどに富む基質の中に浮かんでおり、さらにその周囲にはコラーゲン原繊維、プロテオグリカン重合体などから成る構造物が存在し、フェルト状のカプセルとなって軟骨細胞とその周囲の微小環境(コンドロン)が維持されている。またChM-Iは肥大軟骨細胞基質、とくに軟骨小腔周囲に多量に沈着している血管新生因子に対するバリや―として存在することが確認されていることを考え併せると、軟骨基質はあたかも血清のような役割を演じていると考えられる。したがって私は1970年半ばから「軟骨基質は種々の因子(正および負)の宝庫である。今からこの種の研究に参入しても決して遅くはない」と説いて回っていた。したがって、私の研究室にはこの考えが通奏低音のように沁み亘っていたと思う。その結果、加藤幸夫教授(広島大)のDEC1、DEC2、滝川正春教授(岡山大)のCCN、開 祐司教授(京都大)のChondromodulin、宿南知佐教授(京都大 - 広島大)のTenomodulin、岩本資巳、容泰君夫妻、秋山治彦教授(滋賀医大、整形外科)のSox9、中島和久君のOsterixなどが生まれた。その他、下村 裕先生(防衛医大整形外科教授)、米田俊之教授(阪大・歯 - Indiana Univ.)、内田淳正教授(三重大整形外科、後に同大学長)、山本照子教授(東北大・歯・矯正)、遠藤直人教授(新潟大・医・整形外科)など、専門を異にする様々な分野の方々が若い時期に一塾一飯を求めて私の研究室を訪れ、研鑽を積まれた。私自身、これらの方々から多くのことを学ぶことができた。深く感謝している次第である。
 その他、多くの若い方々のご協力により行われた。また、その過程でLawrence G. Raisz教授(University of Connecticut, CT)、Ernesto Canalis博士(St. Francis Hospital, CT)、近藤 淳博士ら三菱化学の方々、猪山賢一助教授(熊本大医)、西川克三教授(金沢医大)、久保木芳徳教授(北大歯)、久米川正好教授(明海大歯)、さらには小澤英浩教授(新潟大歯)のご協力を頂いた。また文部省科学研究費や三菱財団をはじめとする各種財団より多額の研究助成金を頂いた。記して感謝の意を表する次第である。なお、停年退官後、阪大出版会より「骨はどのようにしてできるか  - 軟骨分化の謎を探る」を上梓した29)

次世代への一言
「科学の進歩は多くの場合、少数意見から生まれる。研究における発見は、従来の常識を超えた極め付きの非常識から生まれるのではないか?」

文献
1) Y. Shimomura, T. Yoneda, F. Suzuki: Osteogenesis by chondrocytes from growth cartilage of rat rib. Calcif. Tissue Res., 19: 179-187 (1975)
2) F. Suzuki, T. Yoneda, Y. Shimomura: Calcitonin and parathyroid hormone stimulation of acid mucopolysaccharide synthesis in cultured chondrocytes isolated from growth cartilage. FEBS Lett., 70: 155-158 (1976)
3) T. Takano, M. Takigawa, E. Shirai, F. Suzuki, M. Rosenblatt: Effects of synthetic analogs and fragments of bovine parathyroid hormone on 3’,5’-monophosphate level, ornithine decarboxylase activity, and glycosaminoglycan synthesis in rabbit costal chondrocytes in culture: Structure-activity relations. Endocrinology, 116: 2536-2542 (1985)
4) Y. Kato, N. Nomura, Y. Daikuhara, N. Nasu, M. Tsuji, A. Asada, F. Suzuki: Cartilage-derived factor (CDF) I. Stimulation of proteoglycan synthesis in rat and rabbit costal chondrocytes in culture. Exp. Cell Res. 130: 73-81 (1981) (赤堀四郎先生傘寿、須田正己先生ご退官記念論文)
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6) Y. Kato, Y. Nomura, M. Tsuji, M. Kinosshita, H. Ohmae, F. Suzuki: Somatomedin-like peptide(s) isolated from fetal bovine cartilage (cartilage-derived factor): Isolation and some properties. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78: 6831-6835 (1981)
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18) 鈴木不二男:軟骨代謝研究に関する一断章 日骨代謝誌、14: 77-81 (1996)
19) F. Suzuki: [Breakthrough and Views] Cartilage–derived growth factor and anti-tumor factor: Past, present, and future studies. Biochem. Biophys. Res. Commun., 259: 1-7. (1999)
20) F. Suzuki: Roles of cartilage matrix proteins, chondromodulin-I and –II, in endochodral bone formation: Connective Tissue Res., 35: 357-361 (1996)
21) 鈴木不二男:軟骨代謝の研究 過去・現在・未来 連載企画を始めるに際して Clinical Calcium, 16: 182-191 (2006)
22) Y. Hiraki, H. Inoue, K. Iyama, A. Kamizono, M. Ochiai, C. Shukunami, S. Iijima, F. Suzuki, J. Kondo: Identification of chondromodulin-I as a novel endothelial cell growth inhibitor. J. Biol. Chem., 272, 32419-32426 (1997)
23) 鈴木不二男:日本における英文学術雑誌編集あれこれ Matrix News, No. 7, 2-3 (1998)
24) F. Suzuki: JBMM then and now. J. Bone Miner. Metab., 22(1) 1-2 (2004)
25) わが国の骨代謝研究20年あゆみ THE BONE, 20(5), 131-148 (2006)
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29) 鈴木不二男:骨はどのようにしてできるか 軟骨分化の謎を探る 大阪大学出版会 p.1-150 (2000)