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骨細胞特異的PTEN欠損マウスでは血中リポカリン2濃度が上昇し、高脂肪食による肥満に対して抵抗性を示す

Lack of PTEN in Osteocytes Increases Lipocalin-2 Level and Confers Resistance to High-Fat Diet-Induced obesity in Mice
著者: Saori Kinoshita, Shinsuke Onuma, Natsuko Yamazaki, Yukinao Shibukawa, Keiichi Ozono, Toshimi Michigami, and Masanobu Kawai
雑誌: Endocrinology. 166(3):bqaf026, 2025. Doi:10.1210/endocr/bqaf026.
  • osteocyte
  • PTEN
  • Glucose metabolism

論文サマリー

骨細胞がさまざまな代謝の調節に重要な役割を担っていることは、広く知られています。しかし、骨細胞による糖代謝制御機構に関する報告は、これまであまり多くありませんでした。既存の研究では、骨芽細胞由来のリポカリン2(LCN2)が糖代謝を制御すること、さらにAKTシグナルの活性化がLcn2の発現を促進することが示されています。しかし、骨細胞におけるLCN2の役割については不明でした。

そこで我々のグループは、骨細胞におけるAKTの活性化がLcn2の発現誘導を介して糖代謝を制御しているのではないかという仮説を立てました。この仮説を検証するため、AKTに対して阻害的に作用するPTENを骨細胞特異的に欠損させたマウスを作製しました。具体的には、Pten-floxマウスとDmp1-Creマウスを交配させることで、骨細胞特異的PTEN欠損マウスを作出しました。

まず、ウェスタンブロット法により、このマウスの骨組織でAKTシグナルが活性化していることを確認しました。続いて、骨細胞特異的PTEN欠損マウスにおける糖代謝関連の表現型を解析したところ、内臓脂肪および皮下脂肪量の減少とインスリン感受性の亢進が認められました。さらに、定量PCR解析の結果、内臓脂肪組織において脂肪合成に関与するPparg2およびその標的遺伝子の発現が低下していることが分かりました。これらの結果から、脂肪量の減少は脂肪合成の抑制に起因していると考えられました。

次に、骨細胞特異的PTEN欠損マウスにおいて脂肪合成がなぜ抑制されているのかを明らかにするため、糖代謝への関与が報告されているLCN2に着目しました。その結果、大腿骨におけるLcn2発現が増加しており、血中および尿中のLCN2濃度も上昇していることが確認されました。また、尿中LCN2濃度と白色脂肪組織量との間には負の相関が認められ、LCN2が脂肪量を制御している可能性が示唆されました。実際、初代培養した白色脂肪細胞にリコンビナントLCN2を添加すると、Pparg2およびその標的遺伝子の発現が低下し、この作用はLCN2を中和する抗体によって消失しました。さらに、骨細胞特異的PTEN欠損マウスを高脂肪食下で飼育したところ、コントロールマウスと比較して体重増加が抑制され、インスリン感受性の改善が認められました。

以上の結果から、骨細胞においてPTENが欠損するとLcn2の発現が増加し、内分泌的な作用を介して脂肪組織における脂肪合成が抑制され、その結果インスリン感受性が亢進することが明らかとなりました。本研究は、骨細胞がAKTの活性化によるLcn2発現の増加を介して全身の糖代謝を制御するという、骨細胞の新たな内分泌的機能を示すものです。

著者コメント

骨による糖代謝制御は様々な報告がありますが、未解明の点も多く、とても興味深い分野と思われます。骨と脂肪組織の臓器連関において骨の内分泌臓器としての機能を解析でき、大変有意義な時間となりました。今後も、骨による糖代謝制御機構の研究をさらに進めていくことができればと思います。

本研究は当研究所所長/骨発育疾患研究部門部長の道上敏美先生に多大なアドバイス、ディスカッションをしていただきました。また、当部門の川井正信先生には丁寧にご指導いただき、ラボの皆様にも多くのご協力をいただきました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

(大阪母子医療センター研究所 分子遺伝・内分泌代謝研究部門 木下さおり)

2025年6月24日