破骨細胞分化を誘導する光遺伝学ツールOpto-RANKの開発
著者: | Aiko Takada, Toshifumi Asano, Ken-ichi Nakahama, Takashi Ono, Takao Nakata, Tomohiro Ishii |
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雑誌: | Scientific Reports |
- 光遺伝学
- 破骨細胞
- RANK
論文サマリー
光遺伝学とは、光学と遺伝学を組み合わせた研究分野であり、特定の波長の光で活性化されるタンパク質分子を遺伝学的手法によって特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作することを可能にする。これまでに植物などに由来するタンパク質の光感受性ドメインを使って様々な光応答タンパク質(光遺伝学ツール)が開発されており、これらを使って多様な細胞機能の操作が可能となってきた。しかし、光遺伝学ツールのみを使用して前駆細胞から特定の機能を持つ成熟分化細胞を生成することはまだ十分に研究されていない。
骨は運動、身体の保護、造血、ミネラルの恒常性維持に重要であり、破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のダイナミックなプロセスが骨の構造を維持している。破骨細胞の分化前の前駆細胞はRANKタンパク質を細胞表面に発現しており、骨芽細胞や骨細胞から放出されたRANKLタンパク質がRANKと結合することによって前駆細胞は分化誘導され、巨大な多核の成熟破骨細胞になり骨吸収が行われる。
今回、我々は破骨細胞前駆細胞において細胞外のRANKLからの刺激をRANKが受け取って活性化することでRANKL/RANKシグナルが進むことに着目した。光照射によるRANKの活性化によって破骨細胞分化を誘導できると仮定し、光でRANKを活性化する人工タンパク質「Opto-RANK」の開発、そしてOpto-RANKを用いた破骨細胞の分化誘導を目指して研究を行った。
シロイヌナズナのCRY2は光照射によってホモ多量体を形成する。CRY2とマウスのRANK細胞内ドメイン等を融合して、光によって活性化されるRANK(Opto-RANK)を作成した(図1)。そしてマウス由来の単球マクロファージ細胞株であるRAW264.7細胞にレトロウイルスベクターを用いてOpto-RANKを導入した。Opto-RANKを発現するRAW264.7細胞は、光照射によって多核かつ巨大な細胞に分化し、破骨細胞特異的遺伝子の発現が認められた。 さらに、分化した細胞は骨吸収能を有しており、標的を絞った光照射によって骨吸収を空間的に制御することができた(図2)。これらの結果は、光によって分化した細胞が形態的にも機能的にも破骨細胞の特徴を持っていることを示唆している。
本研究成果は光を用いて細胞を分化誘導し、機能的な細胞を生み出すという光遺伝学の新たな応用方法を示すことができた。自由に光照射をコントロールできるメリットを生かして、細胞分化における細胞内のシグナル伝達の時空間的な詳細な解析が可能となる。また、光照射をコントロールして骨吸収を操ることができることから、骨疾患や歯科矯正の新たな治療方法の開発が期待される。
図1:Opto-RANKの構造。細胞質で機能するOpto-RANKcと細胞膜近傍で機能するOpto-RANKmの2種類のOpto-RANKを作成した。
図2:骨吸収活性の光によるコントロール。白く抜けている部分(ピット)が破骨細胞に吸収された部分であり、遮光した側ではピットがほとんど形成されなかった。スケールバーは2mm。
著者コメント
本研究は東京医科歯科大学細胞生物学分野(現在は東京工業大学に在籍)の石井先生のご指導の下で実施しました。光遺伝学ツールを用いて破骨細胞の分化を誘導することは前例がなく、試行錯誤しながら様々な実験を行って成果を出すことが出来ました。新しい光遺伝学ツールOpto-RANKを実際の臨床に応用するにはまだたくさんのハードルがありますが、この研究が新たな治療法への道を開くことにつながることを期待しています。最後に、研究のサポートやアドバイスをいただいた共著者の先生方、細胞生物学分野の先生方に感謝申し上げます。
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野・高田愛子)
2024年6月27日