
骨発生過程における軟骨膜細胞の運命追跡と骨格系細胞の多様性への貢献
著者: | Matsushita Y, Chu AKY, Tsutsumi-Arai C, Orikasa S, Nagata M, Wong SY, Welch JD, Ono W, Ono N. |
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雑誌: | Nat Commun. 2022 Nov 28;13(1):7319. |
- 軟骨膜
- DLX5
- 骨発生
帰国直前に小野先生(左)と著者(右)
論文サマリー
骨髄は成体における主な造血の場であり、骨髄に存在するCXCL12やLepRを発現する骨髄間質細胞は、造血幹細胞の維持に必須な細胞として造血幹細胞ニッチを形成するのみならず、成体では様々な骨格系細胞へ分化し、骨の維持や再生に重要な役割を果たしている。これまでにわれわれはCXCL12陽性骨髄間質細胞の多様性の詳細を明らかにしたが(Matsushita, et al. Nat Commun 11:332, 2020)、一方で骨髄間質細胞の起源となる細胞についての詳細は明らかにされていない。これまで骨の発生過程では胎児期の軟骨原基とその周囲を取り囲む軟骨膜が全ての骨の起源だと考えられてきた。しかし特に軟骨膜については未解明な点が多く、軟骨膜の中でもこれまでに報告されているOsterix陽性の内層の軟骨膜細胞は出生前後に一過性には骨になるものの、骨の成長とともに消失してしまうため(Mizoguchi, et al. Dev Cell 29:340-349, 2014)、骨の発生の全貌解明には至っていない。
本研究ではまず骨の発生初期に着目し、ほぼ全ての骨格系細胞を標識するCol2a1-cre; R26RtdTomatoマウス胎生12.5日(E12.5)の四肢骨格からtdTomato陽性骨格系細胞を選択的に集め、シングルセルRNA-seq解析を行うことで、骨発生初期に存在する細胞の多様性を一細胞レベルで明らかにした。さらにRNA velocityなどのデータサイエンスの手法を活用することで、Dlx5を発現する細胞、Fgfr3を発現する細胞をそれぞれ骨格系細胞の起源として推定した。組織学的にDlx5は軟骨膜外層を、Fgfr3は軟骨原基を標識しており、E12.5におけるそれぞれの細胞の系譜追跡を行なった(図1)。その結果、軟骨膜外層のDlx5陽性細胞はE15.5頃の血管侵入と同時に軟骨原基に入り込み、一次海綿骨や皮質骨の骨芽細胞や骨髄間質細胞に分化していた。これらの2つの細胞集団の間には発生に非常に重要なヘッジホッグシグナルが関与しており、軟骨原基の細胞からのシグナルが軟骨原基自身、そして外層の軟骨膜に働き、骨の発生、成長が制御されていること明らかになった。
さらに生後、成体まで長期間系譜追跡したところ、Dlx5陽性軟骨膜細胞は恒久的に、特に骨幹部の骨格系細胞(骨芽細胞、間質細胞、脂肪細胞)に特異的に寄与していた。一方、軟骨原基を標識するFgfr3陽性細胞は骨幹端部の骨格系細胞に寄与していた。非常に興味深いことに、Dlx5陽性軟骨膜外層由来の骨髄間質細胞は脂肪細胞に関連する遺伝子発現が、Fgfr3陽性軟骨原基由来の骨髄間質細胞は骨芽細胞に関連する遺伝子発現が上昇しており、成体の骨髄間質細胞の多様性はそれらの細胞の起源に由来することが明らかになった(図2)。このように成体の骨を構成する細胞は骨発生初期の時点で、この2つの起源によって厳密にプログラムされ、すでに骨発生初期で細胞の運命が決まっていることが新たに明らかになった。
図1 骨発生初期(E13.5)の骨格系細胞の多様性と細胞の起源。Dlx5とFgfr3の発現パターン。
Dlx5は軟骨膜外層を、Fgfr3は軟骨原基を標識する。
図2 胎生期(E12.5)のDlx5陽性細胞は成体では骨幹部の、Fgfr3陽性細胞は骨幹端の骨格系細胞に寄与する。
著者コメント
苦労しない論文は一つもないのですが、この論文も投稿から出版に至るまでにとても苦労しました。渡米直後の2016年から、様々な種類のCre-ERマウスを用いて、胎生期から生後、成体のあらゆる時期でタモキシフェンを投与して興味深い骨格系細胞のポピュレーションをひたすら探しました。胎生期にタモキシフェンを投与しての細胞系譜追跡実験はなかなか骨が折れる作業なのですが、そんな中、シングルセルRNA-seqにより、胎生期(E12.5)の軟骨膜の外層をDlx5が選択的に標識することを見出しました。当初は別の遺伝子をマーカーとして使用し、別のジャーナルでリバイスまで進んでいたのですが、細胞系譜追跡では標識する細胞の特異性が重要になるため、その懸念を覆せず、リジェクトされ、その後、新たにより特異性の高いDlx5-creERマウスを使って、2-3年かけて再実験を行いました。
もともと私自身は骨の再生や病態に強い興味を持っていたのですが、この論文を通して発生のおもしろさを学びました。近年、テクノロジーの進歩によって、発生過程においても様々な新たな知見が明らかになっておりますが、まだまだ分かっていないことは多く、引き続き骨の発生、成長についても研究を進めていきたいと思っています。最後に、ご指導いただいた小野法明先生をはじめ、サポートいただいた皆様にはこの場を借りて感謝申し上げます(長崎大学大学院医歯薬総合研究科細胞生物学分野・松下 祐樹)