日本骨代謝学会

The Japanese Society for Bone and Mineral Reserch

JP / EN
入会・変更手続
The Japanese Society for Bone and Mineral Reserch

Event/イベント情報

Book/関連書籍のご案内

member/会員ページ

1st Author

TOP > 1st Author > 飯島 弘貴

加齢で硬くなった細胞外マトリックスは関節軟骨の長寿タンパクを減少させ変形性関節症を誘発する

Age-related matrix stiffening epigenetically regulates α-Klotho expression and compromises chondrocyte integrity
著者:Hirotaka Iijima, Gabrielle Gilmer, Kai Wang, Allison C. Bean, Yuchen He, Hang Lin, Wan-Yee Tang, Daniel Lamont, Chia Tai, Akira Ito, Jeffrey J Jones, Christopher Evans, Fabrisia Ambrosio
雑誌:Nature Communications. 2023 Jan 10. doi: 10.1038/s41467-022-35359-2.
  • 細胞外マトリックス
  • Klotho
  • 変形性関節症

飯島 弘貴

論文サマリー

 加齢による関節軟骨の特徴的変化は、細胞外マトリックスの構成成分や構造の変化である。細胞外マトリックスのリモデリングにより、コラーゲン線維の増大やコラーゲン線維同士の架橋形成が生じることで、組織の硬さが加齢依存的に増大する。実際に、原子間力顕微鏡を用いた実験によって、老齢マウスの関節軟骨は若年マウスの3倍以上の弾性を有することが分かっている。この加齢に伴う組織の物理特性変化は、機械的シグナル伝達を介して組織細胞の老化や機能低下を引き起こすが、その背景にある分子メカニズムは明らかにされていなかった。

 この課題解決のため、我々はまずマウス膝関節軟骨のプロテオミクス解析を各年齢(若年、中年、老年)かつ性別ごとに行い、バイオインフォマティクスを用いてプロテオームの加齢変化をシステム俯瞰的に解析した。その結果、PI3K/Atk シグナル経路を含む関節軟骨変性に係る多くの経路が加齢によって変化していることを明らかにした。さらに解析を進めると、PI3K/Akt シグナル経路の上流に位置する α-Klotho(以下、クロトー)が、関節軟骨の加齢変化における制御因子であることが明らかになった。実際、マウスやヒトの関節軟骨では、加齢とともにクロトーの発現が減少していた。また、遺伝子工学的手法を用いて若年マウスのクロトー発現をノックダウンすると、関節軟骨の変性が生じた。この結果は、クロトーが加齢に伴う変形性関節症の発症、進行に関与することを示唆している。興味深いことに、このような加齢による関節軟骨の変性は雌マウスでは軽微であった。さらに、雌の若年マウスのクロトー発現をノックダウンしても変形性関節症の表現型が現れなかった。これは、女性が男性よりも重度の変形性膝関節症を発症しやすいという、これまでの疫学研究や臨床所見とは異なる意外な結果であった。

 次に我々は、加齢に伴いクロトーが減少するメカニズムを探索するために、雄マウスでの解析をさらに進めた。その結果、加齢に伴うクロトーの発現低下は、細胞を取り巻く細胞外マトリックスの硬さ増大によって DNA メチル基転移酵素である Dnmt1 が多く動員され、クロトー遺伝子プロモーターがメチル化されることが原因であることを突き止めた。一方、細胞外マトリックスに起因する細胞内の機械的シグナルを阻害剤にてブロックすると、クロトー遺伝子の脱メチル化が生じた。これら一連の研究成果は、細胞外基質の物理特性やその機械的シグナル伝達、クロトーが軟骨治療の新規治療標的となる可能性を示すとともに、女性の閉経が変形性関節症に及ぼす影響についてはさらなる検討の必要があることを示すものである。

飯島 弘貴

著者コメント

 本研究は、私が 2019 年から 2022 年まで留学していた米国ピッツバーグ大学(現ハーバード大学)の Fabrisia Ambrosio ラボで行った研究です。私が渡米した際、ラボメンバーが研究の素材に選んでいたのはマウスの骨格筋のみでした。残った関節は調べずに全て廃棄されており、もったいないので私が京大大学院時代の経験を生かして関節軟骨を調べてみたことが、今回の発見につながりました。こうした研究成果を広く社会へ発信できましたことは、ひとえに、諸先生方からの温かい御指導のお蔭であり、このような基礎的知見を実学としてさらに発展させることが私の使命だと感じております。本研究に御指導を賜りましたハーバード大学の Dr. Ambrosio をはじめとする共著者の先生方、研究室の皆様、異国での生活をサポートしてくださった家族や親戚一同に心より御礼申し上げます。(名古屋大学高等研究院 YLC 特任助教・T-GEx フェロー・飯島 弘貴)