日本骨代謝学会

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運動模倣によるカルシウム–PGC-1αシグナルを介した筋と骨の強化

Simultaneous augmentation of muscle and bone by locomomimetism through calcium-PGC-1α signaling.
著者:Takehito Ono, Ryosuke Denda, Yuta Tsukahara, Takashi Nakamura, Kazuo Okamoto, Hiroshi Takayanagi, Tomoki Nakashima
雑誌:Bone Res. 2022 Aug 3;10(1):52. doi: 10.1038/s41413-022-00225-w.
  • 運動模倣
  • PGC-1α
  • 創薬

小野 岳人
筆頭〜第三著者の集合写真。左から塚原、小野、傳田。他にも多くの方々にご支援いただいた。

論文サマリー

背景: 高齢化率が上昇し続ける我が国では、寝たきりのリスクとなるサルコペニアや骨粗鬆症に対する治療薬の開発ニーズは高い。筋と骨の両方を単剤で治療できるのが理想的だが、現状そのような薬剤は存在しない。

候補薬物の探索: 著者らは、単剤で①筋細胞分化を促進し、②骨芽細胞分化を促進し、③破骨細胞分化を抑制する薬剤の探索を計画した。まずは、三種類の細胞に対する新規スクリーニング法を開発した。これらのスクリーニング法が機能するのか、手始めに約300化合物からなる小規模ライブラリを用いた検討を行った。その結果、上記の三条件を満たす化合物が見つかった。(当初の予定では20,000を超えるライブラリを使用する予定だったのだが、まずは引き当てた化合物についてさらに検討を行うことにした。)この化合物がaminoindazole骨格を有することと、運動 (locomo) と同様のベネフィットをもたらすであろうという期待から、locamidazole (LAMZ) と命名した。

生体レベルでの薬効: LAMZは経口投与あるいは皮下注射により血中に移行し、明らかな副作用を示さなかった。筋組織を解析したところ、筋線維幅径が増加し、持久力と最大筋力の上昇が認められた。骨組織を解析したところ、骨形成の亢進と骨吸収の低下による骨量および骨密度の上昇が認められた。治療実験として、尾部懸垂による筋と骨の萎縮モデルに対してLAMZを投与したところ、萎縮が抑制された。(ここまで極めてスムーズに進行したことから、すぐに終わると思ったが、そのようなことはまるでなかった。)

作用機序の解析: 次に、LAMZの作用機序を解析した。RNA-Seq法による解明を試みたが、変動する遺伝子の数が多すぎ候補遺伝子を絞り込むことができなかった。網羅解析のフリーソフトは解析アルゴリズムなどが頻繁にアップデートされるので、アップデートのタイミングでデータ解析をやり直していたのだが、ある時、ミトコンドリア関連遺伝子の増加という結果が得られた。(ここにたどり着くまでに3年が経過していた。その間並行して行なった実験の大半はネガティブデータであった。)

 「ミトコンドリア」と「運動」のキーワードからPGC-1αが想起された。LAMZはPGC-1α遺伝子の発現を上昇させ、PGC-1αを阻害するとLAMZによる筋と骨の強化作用は低減した。運動とPGC-1αを繋ぐ経路として、カルシウムシグナルについての検討を行った。LAMZ刺激により細胞内カルシウム濃度は増加し、カルシウムシグナルの阻害剤やシグナル分子Mef2cのノックダウンはLAMZの薬効を減弱した。以上より、LAMZはカルシウム–PGC-1αシグナルを駆動する運動模倣薬として機能し、運動器疾患治療薬となりうることが示された。

小野 岳人
LAMZの薬効。In vitroでLAMZは筋細胞分化と骨芽細胞分化を促進し、破骨細胞分化を抑制した。In vivoでもこれらの結果に矛盾することなく、筋と骨の強化作用が認められた。

小野 岳人
運動模倣薬LAMZによるカルシウム–PGC-1αシグナルを介した筋と骨の強化。
運動により、筋や骨の細胞内ではカルシウムシグナルとPGC-1αシグナルが誘導され、筋と骨が強化される。LAMZはこのシグナルを模倣することで、運動と同じ効果を筋と骨にもたらす。

著者コメント

 本研究は著者が所属研究室に異動してから多くの学生たち (図3) と進めてきた。それまでとは異なり、チームとして一つの課題に取り組むのは新鮮であった。また、創薬研究ということで、企業との共同研究や特許関連の交渉など初めて経験することが多く、サイエンス以外の部分でも勉強になることが多かった。
 本論文について、SNSなどで主に筋肉を信奉する方々からのリアクションを発見した。興味を持っていただいた筋肉界隈の紳士・淑女諸氏に心より感謝申し上げる。運動は筋や骨以外の臓器にも利益をもたらす。運動模倣薬LAMZが運動器および他臓器の疾患の治療に役立つことが期待される。
 本研究を遂行するにあたり、共著者の方々をはじめとても多くの方々にご協力いただいた。末筆ながら、心よりお礼申し上げる。(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学・小野 岳人)