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Semaphorin 3Aは矯正学的歯の移動時の歯槽骨リモデリングを制御する

Semaphorin 3A regulates alveolar bone remodeling on orthodontic tooth movement
著者:Hirokazu Kamei , Takenobu Ishii , Yasushi Nishii
雑誌:Scientific Reports. 2022 Jun 2; 12(1): 9243. doi: 10.1038/s41598-022-13217-x.
  • Semaphorin 3A
  • Orthodontics
  • Interleukin 1β

亀井 宏和
左より石井武展准教授、亀井宏和(著者)、西井 康教授

論文サマリー

 骨は常に吸収と添加によるリモデリングを繰り返している。矯正学的歯の移動(以後、OTM)では歯の圧迫側での歯槽骨吸収と牽引側での骨添加が起こる。Semaphorin 3A(以後、Sema 3A)は分泌型のタンパクで、骨芽細胞のcanonical Wnt /β-catenin pathwayの活性化により骨芽細胞の分化促進と破骨細胞の分化抑制に作用することが知られている。Sema 3Aは人の前骨芽細胞や歯根膜線維芽細胞のような歯根膜内の細胞でも産生されることが分かっているが、歯の矯正学的移動に関わっているかは不明なままである。本研究は、マウスのモデルを用いてOTM中の歯根膜内Sema 3Aの分布を観察するとともに、顎骨由来骨芽細胞のSema 3A発現増加をもたらす因子について調べることを目的とした。

 まず、マウスOTMモデルにおける歯根膜内Sema 3Aの局在を蛍光免疫染色にて観察した。歯の牽引側は圧迫側と比較しSema 3A発現が増加し、特に骨芽細胞の周囲に顕著に観察された(図1)。次にマウス上顎骨由来の骨芽細胞と大腿骨骨髄由来の破骨細胞に対しSema 3Aリコンビナントタンパク(以後、rSema 3A)を添加した。骨芽細胞のALP活性とアリザリンレッド染色によりALP活性と石灰化の亢進が起こること、破骨細胞のTRAP染色により分化抑制効果があることを確認した。

亀井 宏和
図1 歯の移動における牽引側でSema3Aが骨芽細胞周囲に発現している。

 さらに、OTMに対するrSema 3Aの効果を調べた。OTM時にrSema 3Aを局所投与した群では、対照群と比較して歯の移動量の減少、圧迫側の破骨細胞数の減少と牽引側の骨形成量の増加が認められ、歯の移動を制御している可能性が示された。

 歯根膜内のSema 3Aの発現を制御する因子を同定するために、骨芽細胞の培養実験を行った。歯の移動におけるメカニカルストレスがSema 3A発現の鍵であると推測して、マウス顎骨由来骨芽細胞に対して圧迫と牽引のメカニカルストレスをかけたが、mRNA発現に変化は認められなかった。そこで、歯の移動におけるメカニカルストレスで発現が亢進する炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、TNFα、IFN-γ)を培地に添加したところ、IL-1βによりSema 3A発現が亢進した。IL-1βの免疫染色では、圧迫側と比較し牽引側歯根膜内でより顕著なIL-1βが観察された(図2)。

亀井 宏和
図2 歯の移動における牽引側でIL-1βが歯根膜細胞に発現している。

 以上より、歯槽骨表面の骨芽細胞から分泌されるSema 3Aが圧迫側の破骨細胞分化と牽引側の骨添加を調節し、そのSema 3A分泌はメカニカルストレスではなくIL-1βなどのサイトカインにより制御されている可能性が示された(図3)。

亀井 宏和
図3 歯の移動における牽引側でSemaphorin 3AがIL-1βにより制御されるメカニズムについて

著者コメント

 矯正歯科治療はメカニカルストレスを歯に加えて非感染性炎症状態下に骨代謝を活性化させる治療とも言えます。このメカニズムを理解できることが矯正歯科治療の成功につながると考えています。矯正学的歯の移動については、主にRANK/RANKLカップリングメカニズムや、スクレロスチンによる制御が解明されてきましたが、歯の移動メカニズムは未知な部分が多くこれだけで説明できる訳ではありません。我々は骨芽細胞と破骨細胞における相互作用に注目しSema 3Aを用いて歯の移動が説明できないか検討しました。
 研究の中で、私はメカニカルストレスがSema 3A発現の鍵と考えていたので、関係がないと結論付けた時には非常にがっかりしましたが、歯の移動時に亢進する炎症性サイトカインとSema 3Aの関連を見るように指示があり、調べてみると明確にポジティブな結果が出て、苦労が報われた気がしました。
 研究テーマの策定から一つ一つの実験の手技、トラブルシューティングや論文の書き方など根気強くご指導いただきました石井武展准教授に感謝いたします。西井 康教授をはじめ東京歯科大学歯科矯正学講座の先生方にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。(東京歯科大学歯科矯正学講座・亀井 宏和)