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ヒトiPS細胞由来軟骨様組織は髄核を空間的および機能的に置換し、椎間板変性を抑制する

Human iPS cell-derived cartilaginous tissue spatially and functionally replaces nucleus pulposus.
著者:Takashi Kamatani, Hiroki Hagizawa, Seido Yarimitsu, Miho Morioka, Saeko Koyamatsu, Michihiko Sugimoto, Joe Kodama, Junko Yamane, Hiroyuki Ishiguro, Shigeyuki Shichino, Kuniya Abe, Wataru Fujibuchi, Hiromichi Fujie, Takashi Kaito, Noriyuki Tsumaki
雑誌:Biomaterials. 2022 Mar 30;284:121491.
  • 椎間板
  • 再生
  • iPS細胞

釜谷 崇志

論文サマリー

 椎間板は中心部に存在する髄核とその周囲の線維輪で構成されており、髄核は脊索様髄核細胞と軟骨様髄核細胞の2つのpopulationが占める。加齢や荷重ストレスにより生じる椎間板変性は自然治癒せず、治療薬も存在しないため再生治療が期待されている。髄核と軟骨はII型コラーゲンやアグリカンなどの細胞外基質の組成が類似していること、ヒトiPS細胞由来軟骨様組織(hiPS-Cart)の移植で動物モデルの関節軟骨修復が可能であったことから、hiPS-Cartが髄核の機能を置換できると仮説を立てた。

 髄核と軟骨での遺伝子発現プロファイルを比較するために、ヒトと同じ霊長類であるカニクイザルの髄核と関節軟骨のシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)解析を行った。その結果、遺伝子発現プロファイルが一部の細胞群で共通しており、その細胞群では関節軟骨表層で発現するPRG4や脊索様髄核に特異的なTBXT・KRT19の発現を認めない一方、II型コラーゲンやアグリカンを発現しており、軟骨様髄核細胞と軟骨細胞(中間層・深層)に相当すると考えられた(図1左・中央)。さらに、hiPS-Cartに対するscRNA-seqの結果、hiPS-Cartは遺伝子発現プロファイル上、軟骨様髄核細胞/軟骨細胞(中間層・深層)に類似していた(図1右)。これらの結果を踏まえて、hiPS-Cartが髄核の機能を置換できるかについて動物モデルで検証した。

釜谷 崇志
図1 カニクイザルの髄核(NP)および関節軟骨(AC)、hiPS-CartのscRNA-seq解析
(左・中央) UMAP plotsによる遺伝子発現プロファイルに基づくcell clusterの可視化
(右) SingleRによるカニクイザル髄核/関節軟骨とhiPS-Cartの遺伝子発現プロファイル比較

 8週齢雄ヌードラットの尾椎椎間板に対して、髄核摘出を行い(Nuc群)、そこにhiPS-Cartを移植した。移植後1週にMRIでhiPS-Cartの有無を評価し、hiPS-Cart保持群(Retained群)とhiPS-Cart脱転群(Dislodged群)に分類した。Sham群、Nuc群、Retained群、Dislodged群に対して移植後6ヶ月で評価を行った。Retained群の椎間板高はNuc群よりも維持されていた。また、Nuc群やDislodged群では骨性終板の破壊像を認めた一方、Retained群では滑らかな終板構造が保たれていた(図2左)。組織学的評価ではNuc群やDislodged群で線維輪の層状構造および骨端・成長軟骨の破壊が認められた一方、Retained群ではそれらの構造が保たれており、髄核腔に存在する組織はSafranin Oに染色され、かつHuman Vimentin免疫染色で染色されたことから、hiPS-Cartであることが示された(図2右)。移植後6ヶ月における椎間板の動的粘弾性評価(貯蔵弾性率・損失弾性率)では、Retained群はSham群に近い力学特性を示した。以上の結果から、hiPS-Cartは椎間板内で6ヶ月間生存し、髄核の機能を置換し、周辺組織の破壊を抑制したと考えられる。

釜谷 崇志
図2 ヌードラット髄核摘出モデルへのhiPS-Cart移植
(左) µCTによる終板形態の評価
(右) Safranin O染色による椎間板の組織学的評価

 移植後6週のhiPS-Cartを摘出し、scRNA-seq解析を行ったところ、移植前のhiPS-Cartと比較して遺伝子発現プロファイルの変化を認めた。移植前および移植後のhiPS-Cartのいずれにおいても脊索様髄核に特異的なKRT19, TBXTの発現はなく、軟骨様髄核細胞の範疇を超えない変化であった。移植後のhiPS-Cart内には遺伝子発現が変化した2つの細胞群が認められ、一方の細胞群ではmitophagyに関連するBNIP3Lが亢進しており、血管新生に関連するVEGFが抑制されていた。他方の細胞群では低酸素環境で活性化されるHIF-1αが亢進していた。この結果から、移植後のhiPS-Cart内では椎間板内の低酸素環境に適応しようとする2種類の細胞群が存在していたと考えられる。

 以上をまとめると、hiPS-Cartの遺伝子発現プロファイルは軟骨様髄核細胞および軟骨細胞(中間層・深層)のそれらと類似しており、hiPS-Cartを髄核摘出部に移植することで髄核を空間的および機能的に置換することが示唆された(図3)。

釜谷 崇志
図3 髄核と関節軟骨における各細胞とhiPS-Cartの関係

著者コメント

 本邦に500万人近くいると推定される椎間板性腰痛、さらに椎間板ヘルニアや脊柱変形などの様々な疾患の要因となる椎間板変性は社会経済的にも非常に重要な病態であると考えています。その椎間板再生治療研究の一端を担うことができたことを誇りに思います。本研究は大学院の同僚である萩澤宏樹先生(大阪大学大学院医学系研究科組織生化学教室/大阪大学整形外科)と共同で行い、1st Authorの一人としてご尽力頂きました。また、大阪大学整形外科、東京都立大学、理化学研究所、京都大学iPS細胞研究所、東京理科大学の共著の先生方、直接ご指導頂きました妻木教授、妻木研究室の皆様のお力添えにより遂行できたものと思います。この場を借りて深く感謝申し上げます。(市立豊中病院整形外科・釜谷 崇志)