日本骨代謝学会

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TAK1の不活化と再活性化による組織再生への新しいパラダイム

Coordinating Tissue Regeneration Through Transforming Growth Factor-β Activated Kinase 1 Inactivation and Reactivation.
著者:Hsieh HHS, Agarwal S, Cholok DJ, Loder SJ, Kaneko K, Huber A, Chung MT, Ranganathan K, Habbouche J, Li J, Butts J, Reimer J, Kaura A, Drake J, Breuler C, Priest CR, Nguyen J, Brownley C, Peterson J, Ozgurel SU, Niknafs YS, Li S, Inagaki M, Scott G, Krebsbach PH, Longaker MT, Westover K, Gray N, Ninomiya-Tsuji J, Mishina Y, Levi B.
雑誌:Stem Cells. 2019 Jun;37(6):766-778
  • 骨再生医療
  • 異所性骨化
  • 甲子園

兼子 佳子・三品 裕司

論文サマリー

 医薬品開発は当然のことながら、薬物治療の効果「ドラッグオン」に注目して研究開発が進められている。しかしながら、薬物治療の中止「ドラッグオフ」の効果は十分に研究されていない、というか、そもそも業界にそういう発想がない。再生医療を効率的に行うためには、未分化細胞の増殖と分化という一見相反する生物反応を協奏的に行う必要がある。筆者らは、多様性をもつBMP・TGFβシグナルをドラッグオン、オフの発想のもとに遺伝子操作で制御できるモデルマウスを作製し、骨格系で高い組織再生を実現した。

 体表の広範囲に熱傷を負うことで、筋肉内など本来骨形成が起こらない組織に異所性骨化がみられることがある。筆者らは、体表の30%以上の火傷とともにアキレス腱切断により異所性骨化を誘導したモデルを開発した(Peterson et al., Bone 2013, 図1A)。この外傷誘導による異所性骨化モデルでは、骨形成を促進するトランスフォーミング成長因子β活性化キナーゼ1(TAK1)の高発現とその下流シグナルp38、SMAD1/5、SMAD2/3のリン酸化が促進される。TAK1遺伝子欠損マウスでは、外傷誘導による軟骨形成及び異所性骨化が抑制された。外傷部では、異所性骨化の前駆細胞であるPDGF+間葉系細胞の増殖がみられた。Prx+間葉系細胞系列TAK1遺伝子欠損マウスでも、TAK1のリン酸化が抑制されるとともに、軟骨形成及び異所性骨化が抑制された。間葉系細胞系列を用いた培養系ではTAK1の遺伝的欠失により、骨芽細胞への分化が抑制された。さらに興味深いことに、間葉系細胞の増殖が促進された。これらの知見から、未分化な間葉系細胞でTAK1遺伝子を不活性化(ドラッグオン)して細胞プールを増加させ、十分な細胞数が揃ったところでTAK1遺伝子を再活性化(ドラッグオフ)して分化させれば、効果的に組織再生を行うことができると考えた。

 次に、TAK1シグナルを遺伝学的にドラッグオン、オフするために、Cre/loxPとFlp/FRTを用いた遺伝子発現システム、二重経時的反転工学(COmbinational Sequential Inversion ENgineering; COSIEN)マウスモデルを作製した(図1B)。COSIENマウスモデルは、標的薬物治療「ドラッグオン」および、その後の薬物治療中止「ドラッグオフ」に対する反応を研究することを「特異的な薬剤が未開発な段階でも」可能にしたことになる。このモデルマウスにおいて、Creアデノウイルスベクターを用いてTAK1の不活性化を、ついでFlpアデノウイルスベクターを用いてTAK1の再活性化を行い、投与のタイミングによってTAK1の発現を時間的に調節することを可能とした。頭蓋冠再生モデルを用い、最初にCreを発現させ、12日後にFlpでTAK発現を回復させると、9週目の時点でLacZ(コントロール、TAK1は変化せず)またはCreのみを発現させたとき(TAK1はノックアウトされたまま)と比較し、頭蓋冠の骨再生が高度に促進された(図1C)。この結果は筆者らの発想が正しいことを示すとともに、障害部位へのスキャフォルドや細胞の導入のいずれも必要としない頭蓋冠再生ができたという、二つの意味で画期的なデータである。

 これらの成果は、組織再生部位でTAK1のレベルが細胞増殖と分化のスイッチに重要であることを示唆している。本研究は、投薬期間とその中止期間を協調させることにより、組織再生への薬剤効果を最適化できる、再生医療における新しいパラダイムを提示した。現在、最も特異的であるとされるTAK1阻害剤のNG-25は、外傷誘導による異所性骨化モデルで異所性骨化を抑制したが、未分化な間葉系細胞の増殖は却って阻害した。これはさらなる薬剤開発の必要性を説くCOSIENマウスモデルからのメッセージであるといえよう。(東京理科大学、ミシガン大学医学部・兼子 佳子)

兼子 佳子・三品 裕司

 ノックアウトした遺伝子をまたもとに戻すことはできないだろうか、そんな考えがふとよぎったのは前世紀の終わり頃、ノックアウトマウスが一般化し、Creなどを使った組織特異的なノックアウトを使った結果が論文として出回り始めた頃であった。元に戻すのだから完全にノックアウトしてしまうわけには行かない、それなら一組のloxPサイトを逆向きにして、エクソンの向きを一旦逆にして、機を見てまた逆にすればよい、というコンセプトが数秒でできあがった。組換わったloxPサイトはまたすぐにCreで認識されるので、このままでは永遠にエクソンが回り続けてしまう。loxPサイトに適当な変異があると組み換えは一回のみ、という論文が出たので、そのアイデアを拝借し、戻す方はそのころ出回ってきたFLPとその認識サイトFRTに適当な変異を入れることで実現させる、という案がまとまった。さて、どの遺伝子を対象にするか。辻順博士(ノースカロライナ州立大学)の研究室に来ていた稲垣舞子博士(現広島大学)が、ノックアウト技術を一子相伝したいと申し出てきたので、それならと、辻研究室のメインテーマであったTAK1を候補に挙げ、ベクターをデザイン構築し、ES細胞からマウスを作り上げた。2004年のことであった。辻、稲垣両博士からエクソン2が機能発現に必須であること、ES細胞選別のためのネオマイシン耐性カセットはイントロン1に残したままでも機能発現に影響のないことなど情報を受け、詳細なデザインが決まった。こうして出来上がったマウスは二重継時的反転工学(Combinational Sequential Inversion ENgineering; COSIEN)マウスと名付けられた。かなりこじつけではあるが、これは甲子園マウスという意図である。エースのピッチャーを一時的にライトへ移動させ、リリーフピッチャーが危機を脱した後、マウンドへ戻して残りのイニングを投げるという、高校野球でたまに見かけるアメリカ人には到底理解できない戦法にヒントを得たという意味を込めている。さて、甲子園マウスを作ったはよいが、その利点を発揮する生命現象はあるのだろうか。通常のコンディショナルマウスとしてはいくつか論文も書いたが、真骨頂を求めて幾星霜、異所性骨化をテーマにするベンジャミンレビィ博士との運命的な出会いが訪れた。兼子佳子博士のレポートにもあるように、異所性骨化の場でTAK1の活性が上がることが見出され、それならとTAK1を間葉系細胞でノックアウトしたら骨化が抑えられ、また前駆細胞の培養系での分化も低下していた。ここまでは「この道はいつかきた道」であるのだが、筆頭著者のシャオ・シュウ博士がノックアウトされた間葉系細胞を培養すると増殖能が上がっていることを見出した。そして共筆頭著者のシュレイシュ・アガワル博士がドラッグオン、オフの概念を提唱し、満を持して甲子園マウスの出番となったのであった。両筆頭著者が転出した後、兼子佳子博士がプロジェクトを引き継ぎ、高校野球第100回大会の年に論文がアクセプトとなったのも名前のもたらした縁かもしれない。(ミシガン大学歯学部・三品 裕司)