日本骨代謝学会

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日本におけるステロイド性骨粗鬆症に対する薬物治療の開始基準の費用対効果

Cost-effectiveness of implementing guidelines for the treatment of glucocorticoid-induced osteoporosis in Japan.
著者:Moriwaki K, Fukuda H.
雑誌:Osteoporos Int. 2019 Feb;30(2):299-310. doi: 10.1007/s00198-018-4798-9. Epub 2019 Jan 4.
  • ステロイド性骨粗鬆症
  • ビスホスホネート
  • 費用効果分析

森脇 健介

論文サマリー

 骨粗鬆症は副腎皮質ステロイド(GC)治療における副作用の 1 つであり、長期ステロイド治療を受けている患者の 30~50%に骨折が起こるとの報告もある。そのため、ステロイド性骨粗鬆症(GIO)に対する薬物治療は、骨粗鬆症性骨折に伴う疾病負担を回避する上で有用なアプローチと考えられる。日本骨代謝学会は2014年にステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドラインの改訂版を公表しており、骨折予測因子を用いたスコアリングに基づき薬物治療の開始を判断する基準を設定している。スコアリングのアルゴリズムは以下の4つの予測因子で構成される:(1) 既存骨折 (なし : 0、あり: 7 )、 (2) 年齢[歳] (<50 = : 0、 50≦ <60 : 2、≧65 : 4)、(3)ステロイド投与量 [PSL換算 mg/日] (<5 : 0、5≦ < 7.5 : 1、≧7.5 : 4)、(4)腰椎骨密度 [% YAM] (≧80: 0、70≦ <80: 2、<70: 4)。個々の患者について骨折危険因子のスコアを評価し、合計値が3以上の場合に薬物治療の開始が考慮される。

 ステロイド性骨粗鬆症に対する薬物治療は、骨折リスクの低下および骨折関連医療費の節減に寄与することが期待される一方、薬物治療費も含めた総医療費は増加することも予想される。国民医療費膨張の問題に直面する先進諸国では、限られた医療資源を効率的に利用するために、医薬品を含む様々な医療技術の費用対効果を評価し、診療上・政策上の意思決定に活用するに至っている。ステロイド性骨粗鬆症に対する薬物治療についても欧米の研究グループが費用効果分析を実施しており、骨折リスクが高い患者集団における薬物治療は費用対効果に優れることを報告している。一方、日本人のステロイド性骨粗鬆症患者における薬物治療の費用対効果はこれまで十分に検討されていなかった。西洋人と比較して日本人では、大腿骨近位部骨折の発生率は低いが、椎体骨折の発生率は高いという疫学的特徴の違いがある。また、薬価や診療報酬、費用対効果の社会的な許容ラインなどの設定を含む日本の医療制度は欧米諸国のものと異なっている。こうした理由から、先行研究の結果を日本の人口集団に直接的に一般化することには課題がある。したがって、我が国における診療上・医療政策上の意思決定を支援するために、日本の保険医療・介護システムの視点からステロイド性骨粗鬆症患者に対する薬物治療の費用対効果を評価した。

 我々は、国内の疫学データをもとにステロイド性骨粗鬆症患者の状態遷移モデルを構築し、仮想コホートにおける長期予後のシミュレーションを行った(図1)。対象集団は、GC治療をうける日本人骨粗鬆症患者として、無治療の場合と5年間のアレンドロネート35mg週1回の経口投与を行った場合の生涯費用と質調整生存年(QALY:Quality adjusted life year)を推計した。QALYは患者のQOL値で重みづけした生存年のことである。シミュレーション結果に基づき、無治療と比較したアレンドロネート治療の増分費用効果比(ICER:Incremental cost-effectiveness ratio)を推定した。ICERは、評価治療が対照治療と比較して1QALYよくするのに追加的にいくらかかるかを示し、ICERの値が小さいほうが費用対効果に優れることを意味する。ICERの社会的な許容ラインは先行研究を参考に$50,000/QALYと設定して、推定されたICERがこれを下回る場合、費用対効果に優れると判断した。上記の解析を既存骨折、年齢、ステロイド投与量、骨密度の4因子を組み合わせた様々なシナリオにおいて実施し、ガイドラインに基づいて治療を行った場合の費用対効果を検討した。

森脇 健介

 分析の結果、骨密度がYAM値75%で55歳の女性の場合、アレンドロネート治療のICERは、$10,958~$ 29,727 /QALYと推定された。すべてのシナリオにおける分析結果は図2に要約される。シナリオ分析によると、①年齢がより低い、②骨密度がより低い、③既存骨折がある患者において薬物治療の費用対効果が良好となる傾向が示唆された。ベストケースは、骨密度がYAM値70%、ステロイド投与量が10mg/日、45歳の患者集団であり、アレンドロネート治療は無治療に比して効果が高く、費用が小さい、いわゆる優位(Dominant)な結果となった。ワーストケースは、骨密度がYAM値80%、ステロイド投与量が2.5mg/日、65歳の患者集団であり、アレンドロネート治療のICERは$66,791/QALYと推定された。また、各シナリオにおけるICERとガイドラインに基づいて算出した危険因子スコアとの関連を図3に要約する。これによると、ほとんどのシナリオでICERは$50,000/QALYを下回っており、危険因子スコアが大きくなるにつれて、薬物治療のICERが低下する傾向が示唆された。なお、ガイドラインではスコア3以上の場合に薬物治療が推奨されるが、スコア3以上でICERが$50,000/QALYを超えるシナリオが認められた。

森脇 健介

森脇 健介

 本研究は日本人のステロイド性骨粗鬆症に対する薬物治療の費用対効果が年齢、骨密度、既存骨折の有無に依存して変動することを示した。また、ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドラインに沿った薬物治療がごく一部の低リスク患者を除けばおおむね費用対効果に優れることを明らかにした。これらの知見は日本やアジア諸国における骨粗鬆症の診療上の意思決定を支援することが期待される。

 医療費膨張の問題に際して、骨粗鬆症の疾病対策に費用対効果の視点を組み入れることが重要となっています。近年、欧米を中心に骨粗鬆症の検診・予防・治療に関する費用効果分析の事例集積が進んでいますが、疫学的特徴や医療制度の違いを考慮すると、結果をそのまま我が国に当てはめることは必ずしも適切ではありません。本研究では、ステロイド性骨粗鬆症に対する薬物治療の費用対効果を、我が国の公的医療・介護システムの立場から分析しました。本研究を基盤に今後、日本人における治療効果や治療継続などに関するリアルワールドデータの蓄積に応じて、様々な患者条件のもとで費用対効果の評価を行うことにより、診療上あるいは医療政策上の意思決定に資するエビデンスを提供できるものと期待しております。(神戸薬科大学 医療統計学研究室・森脇 健介)