
頭部骨格形成におけるBRCA1およびBRCA2を介したDNA修復機能の重要性
著者: | Kitami K, Kitami M, Kaku M, Wang B, Komatsu Y. |
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雑誌: | PLoS Genet. 2018 May 2;14(5):e1007340. |
- 頭部骨格形成
- 頭部神経堤細胞
- DNA修復機能
論文サマリー
全先天性疾患のおよそ3割にも及ぶ形態的異常は、頭蓋顎顔面領域に生じる。顎顔面形態の支持組織である顔面領域の骨は、頭部神経堤細胞に由来する。したがって、顎顔面領域の硬組織の形態不全は、頭部神経堤細胞から発生する骨芽細胞の増殖、あるいは分化過程の異常によるものと考えられる。しかしながら、頭部神経堤細胞の動態が、複雑な遺伝子制御ネットワークによってどのように制御されているかについて、未だに不明な点が多い。
このような中で、近年、顎顔面領域の形態形成異常とDNA損傷修復機能の疫学的関連性が報告されはじめている。加えて、頭部神経堤細胞の起源となる神経上皮細胞では、酸化ストレスが増加し、頭部神経堤細胞が、内在的にDNA損傷を受けやすい状態にあることも示唆されている。しかしながら、DNA損傷修復機構そのものが、正常な頭蓋顎顔面の形態形成にどのように寄与しているかは明らかとなっていない。
そこで今回我々は、DNA損傷修復の際、キープレイヤーとされるBreast cancer 1 (BRCA1)およびBreast cancer 2 (BRCA2)に着目した。BRCA1およびBRCA2は家族性乳がんの原因遺伝子として同定された。これまでの研究により、DNA2本鎖損傷に対する相同組換え修復時に、中心的な役割を担っていることが明らかになっている。最近の報告では、顔面領域の先天性異常の中でも、高頻度にみられる非症候性口唇裂・口蓋裂を生じている患者で、BRCA1を介したDNA修復遺伝子ネットワークの異常が示唆されている。したがって、本研究では、頭部神経堤細胞におけるBRCA1およびBRCA2の分子機構を明らかにすることを目的として、遺伝子改変マウスを用いた解析を行った。
神経堤細胞特異的にBrca1遺伝子を欠損させたマウス(以下Brca1マウスと略)において、出生時、前頭骨や上下顎骨を含む頭部神経堤細胞に由来する頭部顔面骨の低形成を認めた。胎生12.5日齢の前頭骨原基を形成する骨芽前駆細胞群において、細胞増殖の減少と細胞死の増加が観察された。野生型のマウスと比較し、Brca1マウスでは、DNA損傷マーカー(γ-H2AX)および、アポトーシス経路の活性化を示すCleaved Caspase-3陽性細胞の増加も観察された。重要なことに、胎生13.5日齢の顔面領域において、Brca1マウスでは、アポトーシスならびに細胞周期を制御するp53の産生量の増加を認めた。これらのことから、「Brca1欠損によって生じた頭部顔面骨の異常は、p53の産生量の増加によるものではないのだろうか?」ということが考えられる。この仮説を検証するために、遺伝学的にBrca1を欠損させた頭部神経堤細胞において、p53を合わせて欠損させたダブルノックアウトマウス(以下Brca1:p53マウスと略)を作製し、形態学的解析を行った。我々の予想通り、Brca1:p53マウスでは、Brca1マウスで観察された頭部顔面骨の形態的異常が、ほぼ完全なまでに回復していた。前頭骨原基の組織学的解析により、Brca1:p53マウスにおいて、細胞死を呈する細胞は、野生型のマウスと同レベルにまで回復していたのに対し、細胞増殖の減少そのものには回復を認めなかった。以上の結果から、頭部神経堤細胞におけるBrca1欠損により引き起こされた頭部顔面骨の形成異常は、DNA損傷の結果、誘導されるp53の発現上昇を伴うアポトーシスが原因であることが示唆された。興味深いことに、神経堤細胞特異的にBrca2を欠損させたマウスでも、Brca1マウスと同様に出生時に顔面骨の低形成を示し、前頭骨原基における異常な細胞動態の変化も、Brca1マウス同様の傾向を示した。
本研究から、頭部骨格形成過程においてBRCA1およびBRCA2を介したDNA修復機能の重要性が示された。
著者コメント
本研究は、新潟大学の大学院生という立場にありながら、留学を希望する私をテキサス大学小松ラボに受け入れていただき、そこで任せていただいたプロジェクトでした。仮説を実証していく過程にありながら、自分の提唱したアイデアが実を結んでいき、そしてそれらが新しい発見につながっていくことに、日々興奮を覚えたことは、今でも忘れられません。本研究成果は、顔面の発生におけるDNA修復機能の重要性を示唆することが出来たという点において、極めて重要な知見であり、今後の発展が期待されます。
最後に、研究に対する情熱と姿勢、楽しさを一からご指導いただいたテキサス大学の小松義広先生、大学院での指導のみならず留学への背中を押し、この論文のリバイス実験も手がけてくださった新潟大学の加来賢先生、がん遺伝子の専門家として本研究を全面的に後押ししていただいたMDアンダーソン癌センターのBin Wang先生、膨大な数のマウスの管理を一手に担い、実験の根本を支えてくださった北見恩美先生、そして今回の研究留学を快くサポートしてくださった新潟大学の齋藤功先生ならびに医局員の方々に深く感謝申し上げます。(新潟大学大学院医歯学総合研究科・歯科矯正学分野・北見 公平)