肺気腫モデルマウスにおける長期喫煙曝露の骨代謝、骨構造、骨質に対する影響
雑誌: | PLoS One. 2018 Jan 30;13(1):e0191611. |
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- 喫煙曝露
- マウス
- 骨質低下
左:佐々木衛(慶應義塾大学医学部呼吸器内科)
右:松尾光一(慶應義塾大学細胞組織学研究室)
論文サマリー
喫煙は慢性閉塞性肺疾患(COPD)と骨粗鬆症の危険因子であることが知られている。COPD患者において重度の肺気腫を有することは椎体圧迫骨折の危険因子であることが報告されているが、喫煙や肺気腫が骨に対してどのような影響があるかは不明な点が多い。本論文では、経鼻吸入による喫煙曝露肺気腫モデルマウスを用いて骨代謝、骨構造、骨質に対する長期喫煙曝露の影響について報告した。
4週間の短期間喫煙曝露では骨吸収マーカー(尿中デオキシピリジノリン)、骨形成マーカー(血清オステオカルシン)は両方とも低下し、予想に反して骨量は増加した。4週間では肺気腫形成が認められなかったため、肺気腫形成が認められるまで喫煙期間を延長しさらに評価を行った。40週間の長期喫煙曝露では、体重は初期に減少し、その後緩徐に増加するが、対照(空気曝露)群に対して常に低かった。腹部内臓脂肪も同様の結果で、喫煙曝露によるやせを認めた。喫煙4週間では骨吸収、骨形成は両方ともに抑制されたが、長期喫煙20週間と40週間では、骨吸収が逆に促進された。実際、長期喫煙20週間と40週間の腰椎では破骨細胞の増加を認めた。長期喫煙群では骨量は増加したものの、骨のサイズは対照群に比較して小さかったので、喫煙により骨成長が抑制されることがわかった。さらに長期喫煙曝露後の腰椎では、Ⅰ型コラーゲン線維の配列異常と骨配向性の低下を認めた。
骨微小構造におけるコラーゲン線維の配列や骨配向性は、骨粗鬆症の病態である骨質低下の指標として重要である。本研究の喫煙曝露モデルマウスにおいても、コラーゲン線維の配列異常や骨配向性の低下を認め、COPDの骨粗鬆症に骨質変化が関与していることが示唆された。ヒトCOPDにおける臨床研究で骨粗鬆症を認める患者は肺気腫の程度が強く、低体重、低BMIとやせを認めることが多い。本研究の喫煙曝露肺気腫モデルマウスでは、肺と脂肪を同時に確認し、ヒトCOPDに非常に近いモデル動物として、骨質低下を認めた。ヒトCOPDとこの肺気腫モデルマウスとでは、喫煙期間や曝露量、年齢などが違うことを考慮しなければいけない。また、本研究では、肺-脂肪-骨を介した相互の二次的影響までは観察することができていないため、相互連関の解明は今後の課題である。
本研究は、長期喫煙曝露による肺気腫モデルマウスにおいて、やせとともに骨吸収の促進や骨成長の抑制に加えて、Ⅰ型コラーゲン線維の配列異常と骨配向性の低下という骨質の低下を認めた初めての報告である。
40週間長期喫煙曝露の肺、脂肪と骨への影響
肺:気腫性変化=肺胞構造の破壊(肺組織切片 H&E染色、スケールバー100μm)
脂肪:内臓脂肪減少(体幹CT横断面画像 黄色:内臓脂肪組織)
骨:腰椎の成長阻害(椎骨CT3D構成断面画像、スケールバー1mm)
Ⅰ型コラーゲン線維の配列異常(椎骨組織切片 偏光顕微鏡、スケールバー100μm)
鼻吸入型喫煙曝露装置
著者コメント
私は慶應義塾大学医学部呼吸器内科、別役智子教授のもと呼吸器内科医として、慢性閉塞性肺疾患(COPD)とその併存症についての臨床研究に関わっていました。その中で、骨粗鬆症とCOPD(特に肺気腫)とやせとの間に関連があることがわかりました。そのメカニズムは一体何なのかと疑問を持ち、臨床研究と同時期に始まった喫煙曝露モデルマウスを用いて研究をはじめることとなりました。当然ながら呼吸器内科の研究室には骨の研究を行っている人がいませんでした。一から実験計画を立てようとしていたところ、慶應義塾大学細胞組織学研究室の松尾光一教授と出会い、ご指導いただき、研究成果をまとめることができました。さらに中野貴由教授をはじめ多くの方にご協力いただき、本当に感謝しております。(慶應義塾大学医学部呼吸器内科・佐々木 衛)