2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)遺伝子の一塩基多型は、大腿骨近位部骨折の発症に関与する
著者: | Takeshima K, Nishiwaki Y, Suda Y, Niki Y, Sato Y, Kobayashi T, Miyamoto K, Uchida H, Inokuchi W, Tsuji T, Funayama A, Nakamura M, Matsumoto M, Toyama Y, Miyamoto T. |
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雑誌: | Sci Rep. 2017 Mar 27;7(1):428 |
- 骨折
- 遺伝子
- 酸化ストレス
論文サマリー
アセトアルデヒド(以下アセトアルデヒド)を酸化する機能を持つ酵素である、ALDH2脱水素酵素(以下ALDH2)はアセトアルデヒドへの親和性が最も高い酵素である。ALDH2遺伝子の一塩基多型であるrs671はALDH2の487番のグルタミンがリジンに置き換わるミスセンス置換で、変異ALDH2はヘテロ接合体で約17%、ホモ接合体ではほぼ0%までその機能が低下する事が知られている。本研究では、ALDH2遺伝子に着目し、大腿骨近位部骨折発症との相関を調査した。
慶應義塾大学病院及び関連施設で、骨粗鬆症外来を受診および大腿骨近位部骨折を受傷した患者の中で、文書での同意が得られた427名の女性を対象とした。骨密度が若年成人平均値の70%以下、あるいは大腿骨近位部骨折を有する患者を骨粗鬆症群、それ以外を正常群に分類した後に、関節リウマチ、ステロイド薬の使用歴のある患者、及び正常群においては骨粗鬆症薬の内服歴がある131名を除外し、骨粗鬆症群248名(内大腿骨近位部骨折群92名)、正常群48名について調査を行った。採取した血液からダイレクトシーケンス法でrs671の有無を調べた。rs671の保有率は大腿骨近位部骨折群、骨粗鬆症群、正常群でそれぞれ57.6%、52.8%、35.4%であり、大腿骨近位部骨折群と正常群ではその保有率に有意差を認めた。rs671の有無によるオッズ比は大腿骨近位部骨折群と正常群では2.48(95%信頼区間 1.20-5.10)であり、rs671を有する事が大腿骨近位部骨折のリスクとなりうる事が示唆された。
次に、in vitroでアセトアルデヒドの骨芽細胞と破骨細胞へ与える影響を検証した。分化誘導を行った骨芽細胞にアセトアルデヒドを添加した後に、western blot法で酸化ストレスの代表的産物である4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)の発現量を測定したところ、その発現量は増加していた。続いて、アセトアルデヒド添加骨芽細胞に、抗酸化作用を有するビタミンEのアナログであるTrolox Cを添加し2日後にreal-time PCRで骨芽細胞関連の遺伝子(Col1a1、Runx2、ALP、Sp7)の変動を測定したところ、それぞれの遺伝子の挙動は一定ではなかった。一方、7日目にalizarin redo染色を行うと、アセトアルデヒド添加骨芽細胞では減少していた染色性が、Trolox Cの添加により回復する事が確認された。続いて破骨細胞前駆細胞にRANKL、RANKL+アセトアルデヒド、RANKL+アセトアルデヒド+Trolox Cを添加したものをそれぞれ作成した後に、TRAP染色される多核巨細胞の数を計測したところ、TRAP染色される多核巨細胞の数はRANKLの添加により有意に増加していた。その数はアセトアルデヒド添加で減少したが、Trolox Cの添加で回復しなかった。さらにreal-time PCRで破骨細胞関連遺伝子(Cathepsin K、DC-STAMP、NFATc1) の変動を測定したところ、RANKLの添加によりすべて優位に発現は上昇したが、アセトアルデヒド添加により抑制され、Trolox Cの添加でも回復はしていなかった。
以上より、アセトアルデヒドの添加により骨芽細胞および破骨細胞の分化は障害され、その影響は抗酸化剤であるTrolox Cにより骨芽細胞では回避できるが破骨細胞では回避できない可能性が示唆された。
ALDH2の変異型は1杯程度の飲酒で顔が赤くなるフラッシュシンドロームと強く関連する事が知られており、今回の我々の調査でも感度80%、特異度92.3%であった。ALDH2遺伝子の変異の有無は遺伝子検査でも調べることができるが、アンケートでも簡便に調査する事ができるので、今後の大腿骨近位部骨折の予防に寄与できる可能性があると考えられた。
著者コメント
私は慶應義塾大学整形外科教室に入局し、3年間臨床研修を行った後に、宮本健史先生の研究室にお世話になりました。宮本先生の研究室では、ALDH2変異強制発現マウスを作成し、酸化ストレスの蓄積により骨芽細胞への分化が強く抑制されることによる骨量減少を明らかとしておりました。この発見を臨床に応用できないかと考えたのが今回の研究のメインテーマでした。
今回の結果では、正常群の患者と比較して大腿骨近位部骨折の患者群においてALDH2変異を多く認めており基礎研究を支持する結果となりました。また、in vitroの実験では抗酸化剤であるTroloxを投与することで酸化ストレスによる骨芽細胞の分化抑制の影響を回避できることを示すことが何とか出来ました。基礎実験等の知識がゼロであった私が、臨床を継続しながらこの研究を学位論文としてまとめることができましたのも、周囲の皆様の支えがあったからに他ならないと考えております。
本研究にあたり、ご指導いただきました多くの先生方にこの場を借りて深く感謝申し上げます。(国際医療福祉大学医学部整形外科教室・竹島 憲一郎)