経口投与で作用するPTH1型受容体の低分子アゴニスト創製と副甲状腺機能低下症への適応
著者: | Tatsuya Tamura, Hiroshi Noda, Eri Joyashiki, Maiko Hoshino, Tomoyuki Watanabe, Masahiko Kinosaki,Yoshikazu Nishimura, Tohru Esaki, Kotaro Ogawa, Taiji Miyake, Shinichi Arai, Masaru Shimizu, Hidetomo Kitamura, Haruhiko Sato & Yoshiki Kawabe |
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雑誌: | Nat Commun. 2016 Nov 18;7:13384. |
- 副甲状腺機能低下症
- 持続型PTHアナログ
- カルシウム代謝
論文サマリー
副甲状腺ホルモン(PTH)は血清カルシウム(Ca)濃度の恒常性維持に不可欠なホルモンであり、PTHが欠損すると副甲状腺機能低下症が惹起されます。副甲状腺機能低下症は低Ca血症を起こす病態で、従来の薬物治療では、Ca製剤とビタミンD製剤が使用されてきました。しかし、尿中のCa排泄量が高まるため、血中Ca濃度を十分にはコントロールできないことなどが課題とされています。一昨年、米国でPTH(1-84)が本疾患の新たな治療薬として上市されました。しかし、注射薬であること、1回の注射でのCa上昇作用の持続時間が十分でないなどから、より優れた治療薬が求められています。
本研究は、PTHの作用を再現できる経口投与可能な低分子化合物を見つけること、を目指しました。PTHの作用は主にI型のPTHレセプター(PTHR1)を介して発現されます。PTHR1はG タンパク質共役型受容体(G-protein-coupled receptor;GPCR)の中のクラスBに属します。すでにいくつかの構造が解かれているクラスAのGPCRに比べ、クラスBのGPCRは長いN末端細胞外ドメインを有するなど構造が複雑なため、PTHR1を含む多くは構造が未知のままです。また、これまでに、クラスBのGPCRに作用する低分子化合物の報告例がいくつかありますが、in vivoでの薬効発現、特に経口投与での薬効発現を明確に示した例はありません。
PTHR1の強制発現細胞を用いたハイスル-プットスクリーニングから得られたヒット化合物の最適化によって見いだされたPCO371は、in vitroの評価系においてPTH同様、フルアゴニストとして作用し、(甲状腺副甲状腺摘除)TPTXラットへの経口投与では単回投与(図1)と連日投与(図2)で、ともに血清Ca濃度を上昇させました。クラスBのGPCRに作用する低分子化合物としては、経口投与での薬効発現が証明された世界初の論文報告例と思われます。PTHが臨床適応される疾患には、骨粗鬆症と副甲状腺機能低下症がありますが、それぞれに適したPTHの薬物動態プロファイルは大きく異なります。すなわち、前者は速やかな吸収と消失が、後者は持続的な体内動態が望まれます。ラットでの薬物動態解析では、本化合物はPTHよりも血中半減期が長く、その結果、PTHよりも長時間に渡って血清Ca上昇作用を発現しうることがわかりました。また、ラットの(卵巣摘除)OVXモデルとTPTXモデルを使ったPTHとの薬効比較では、本化合物は、OVXよりもTPTXにおいて、PTHに比べ優れた薬効を示しました(図1)。さらにTPTXを使ったより詳細な解析において、本化合物の単独もしくはビタミンD製剤との併用では、血中Caをほぼ正常レベルに維持する投与量で、ビタミンD製剤に比べ、尿中のCa排泄量が明らかに低減しました。
図1 TPTXラットの血清カルシウム濃度に及ぼすPCO371(経口投与)とヒトPTH(1-84)(皮下投与)単回投与の作用(n=6、平均値±標準偏差)
図2 TPTXラットの血清カルシウム濃度に及ぼすPCO371、4週間連日経口投与(1日2回投与)の作用(n=5、平均値±標準偏差)
(NATURE COMMUNICATIONS | 7:13384 | DOI: 10.1038/ncomms13384 |www.nature.com/naturecommunications改変)
これらのデータと安全性試験の結果を下に、現在、副甲状腺機能低下症を適応疾患とする本化合物の第1相臨床試験が、米国で進められています。
著者コメント
ハイスループットスクリーニングから見いだされたヒット化合物は、極めて活性が弱く、大幅な活性向上がない限り、到底、開発候補にはならないレベルでした。本プロジェクトチームはメディシナルケミストを中心に、PTHR1の構造情報がない中、手探り状態で化合物の最適化に挑み、世界初の経口活性を有する低分子化合物(PTHR1作動薬)を創製する事ができました。
掲載させて頂いた写真は、昨年末、富士山の麓にある富士霊園の尾形悦郎元癌研究会附属病院名誉院長の墓前に、本論文の掲載をご報告に伺った時のものです(著者、右から3人目)。尾形先生はご生前、本化合物の発見直後から、副甲状腺機能低下症への適応を示唆されていました。本疾患にあまりなじみのなかった私どもだけでは、本疾患への適応はなかなか思いつかなかったかもしれません。先生への感謝の意は、本論文の謝辞にも記載させて頂きました。
本化合物の臨床試験が進展し、先生のご期待どおり、患者さんのもとへ届けられることを期してやみません(中外製薬 研究本部・田村 達也)