日本骨代謝学会

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下歯槽神経の損傷により生じたBDNFは骨を硬化させる

Locally Produced BDNF Promotes Sclerotic Change in Alveolar Bone after Nerve Injury.
著者:Ida-Yonemochi H, Yamada Y, Yoshikawa H, Seo K.
雑誌:PLoS One. 2017 Jan 10;12(1):e0169201.
  • BDNF
  • nerve injury
  • sclerosis

瀬尾 憲司

論文サマリー

 脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor: BDNF)はニュートロフィンファミリーに属する栄養因子で、中枢神経系および末梢神経系において神経細胞の成長、維持に重要な役割を果たす分泌タンパク質である。近年、BDNFが神経細胞のみならず、血管内皮細胞や免疫担当細胞などの動態を制御することが明らかになり、BDNFの多機能が注目されている。我々は歯科臨床の場において、下歯槽神経損傷後に周囲歯槽骨に骨硬化性変化をきたす症例にしばしば遭遇することより(図1)、神経由来因子が骨組織再生に関与していると考え、下歯槽神経の損傷により放散されたBDNFが周囲骨組織にどのような影響を及ぼすのかを検討した。

瀬尾 憲司
図1:46歳、女性。抜歯窩と下顎管が交通し、外傷性神経腫が形成された。周囲歯槽骨に硬化性変化が認められる(矢印)。

 本研究ではラットにおける下歯槽神経損傷実験および下顎骨皮質切除実験により、BDNFのin vivoでの作用を検証した。さらにその作用メカニズム解明の一端として、in vitro実験系にてBDNFによる前骨芽細胞株(MC3T3-E1)の細胞増殖ならびに分化への影響を検討した。その結果、BDNFは前骨芽細胞の細胞増殖および走化性には影響を与えなかったが、BDNF受容体TrkBを介したAktシグナル経路の活性化により骨芽細胞分化を促進していることが明らかになった。さらにin vivoでは、BDNF局所投与部の骨芽細胞および骨細胞がTrkBを強発現し、既存骨表面への新生骨質の添加ならびに骨髄腔側での骨添加が有意に促進されていた。

 以上の結果より、末梢神経損傷により放散されたBDNFが周囲歯槽骨の硬化性変化に関与していることが明らかになった(図2)。

瀬尾 憲司
図2:下歯槽神経損傷後の骨硬化性変化のメカニズム

本研究により神経組織と骨組織との密接な関わりが再確認され、末梢神経再生と骨再生誘導を同時に制御する新たな組織再生療法の可能性が期待される。

著者コメント

 20年程前、アメリカ合衆国と連合王国で口腔内の痛みに対する外科的治療を見学する機会を得ました。顎骨内に慢性痛を訴えた患者の下顎骨の中から取り出されたのは外傷性神経腫でした。帰国後、人工神経(京都大学中村達雄博士提供;PGA-collagen tube)を使用して、本院でも稲田有史医師の技術提供を受けて10名以上の下歯槽神経損傷または下神経損傷の治療を行い、その長期予後を観察しています。動物実験による再現を試みた結果、損傷した下歯槽神経の再生には局所で産生されるBDNFが関与することが認められました。一方、慢性痛を有する患者の下歯槽神経を、CTや当科独自に開発したMR Neurographyにより観察した結果、損傷部の周囲骨の構造変化と神経損傷とは何らかの関係があると考えたのです。臨床の中から問題を発見することが当臨床講座の役割であり、今後もこうした視点を持ち続けたいと考えております。(新潟大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面再建学講座・歯科麻酔学分野・瀬尾 憲司)