日本骨代謝学会

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骨髄腫細胞の酸感受と生存シグナルの悪循環:酸によるエピジェネティックな遺伝子発現制御

A vicious cycle between acid sensing and survival signaling in myeloma cells: acid-induced epigenetic alteration.
著者:Amachi R, Hiasa M, Teramachi J, Harada T, Oda A, Nakamura S, Hanson D, Watanabe K, Fujii S, Miki H, Kagawa K, Iwasa M, Endo I, Kondo T, Yoshida S, Aihara KI, Kurahashi K, Kuroda Y, Horikawa H, Tanaka E, Matsumoto T, Abe M.
雑誌:Oncotarget. 2016 Oct 25;7(43):70447-70461. doi: 10.18632/oncotarget.11927.
  • 後縦靭帯骨化症(OPLL)
  • RSPO2
  • Wnt/β-cateninシグナル

天地 良太

論文サマリー

 多発性骨髄腫(MM)骨病変部では高度な酸性環境が形成されているが、我々はこれまでにMM細胞は酸を感受し自らの生存シグナルを活性化し酸環境に適応するという機序を明らかにしてきた。今回我々は、低pH領域(pH4~7)を感知するpHセンサーTRPV1の酸性環境でのMM細胞における発現調節機序とその下流シグナルがもたらす細胞機能への影響について検討を行った。

 MM細胞株RPMI8226を用いた動物モデルでの腫瘍内pHは約6.8であった。腫瘍病変部のRPMI8226細胞は通常培養のものに比べ、TRPV1の発現が亢進していた。pH6.8でMM細胞株を培養すると、Aktのリン酸化とともにSTAT3のリン酸化、JNKのリン酸化等のシグナルの変化がみられ、さらにTRPV1の発現が亢進していた。破骨細胞の共存やIGF-1の添加下ではpH7.4においてもAktのリン酸化とともにTRPV1の発現が亢進した。PI3K阻害薬LY294002の添加により、酸性環境あるいは破骨細胞の共存やIGF-1添加でのTRPV1の発現亢進は抑制された。また、TRPV1アゴニストresiniferatoxinの添加によりMM細胞のAktのリン酸化が誘導された。酸性下ではMM細胞の転写因子Sp1の核移行が促進され、この核移行はLY294002の添加によって抑制された。Sp1阻害薬terameprocol (TMP)の添加により酸によるMM細胞のTRPV1の発現亢進が抑制された。TMPはまた酸性下でのMM細胞のHDAC1の発現誘導、ヒストンH3およびH4のアセチル化の抑制を減弱した。

 酸性環境下では様々な遺伝子発現が調節されていることが示唆されたため、pH6.8の酸性環境で骨髄腫細胞株を培養し、遺伝子発現の変化をマイクロアレイを用いて調べたところ、 約5000の遺伝子が酸性環境によってその発現を2倍以上に上昇させており、約2000の遺伝子がその発現が1/2以下に低下していた。このうち、3/4がHDAC阻害薬によって回復しており、約1500の遺伝子がHDACによって発現が抑制されていることが示唆された。

 発現が低下したものの中にTRAIL受容体DR4があり、これにより酸性環境下ではTRAILによるMMの細胞死が抑制されることを示した。HDAC阻害薬、もしくはTMPの添加によっても酸性環境下でのDR4遺伝子の発現抑制およびTRAILによる細胞死の減弱が回復した。

 腫瘍酸性環境はMM細胞のPI3K-Akt生存経路を活性化したが、この活性化がSp1の核移行を促し、低pH領域を感知するTRPV1の発現亢進をもたらし、酸感受とMM細胞の生存の悪循環を形成させること、また同時にHDACを介するエピジェネテックな機序によりDR4などの遺伝子発現の抑制をもたらし、酸性環境に順応していることが示唆された。今後は、酸性環境で変化が見られた遺伝子の薬剤耐性やdormancyへの関与などについてより詳細な検討を重ねていきたいと考えている。

著者コメント

 私は大学院時代より、骨髄微小環境の中でも酸性環境が骨髄腫細胞に与える影響についての研究活動を実施させていただきました。約5年間をこの研究に費やし、なかなか結果が出ないことに苦しむこともありましたが、多角的に細胞内でおこる分子メカニズムを考えることの面白さを実感できました。徳島大学血液代謝内分泌内科の安倍正博教授、口腔顎顔面矯正学の田中栄二教授をはじめ、研究室のたくさんの皆様方にご協力をいただき、このような形で研究成果を発表することができました。今後も継続して酸性環境にて調節をうける様々な遺伝子について解析を続け、この研究を多発性骨髄腫の治療の向上に役立てたいと思います。(徳島大学 血液代謝内分泌内科 口腔顎顔面矯正学・天地 良太)