日本骨代謝学会

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TOP > 1st Author > 大庭 伸介

軟骨細胞において、Sox9による転写制御には異なるプログラムが存在する

Distinct transcriptional programs underlie Sox9 regulation of the mammalian chondrocyte
著者:Ohba S, He X, Hojo H, McMahon AP
雑誌:Cell Rep 12(2), 229-243, 2015
  • 軟骨細胞
  • Sox9
  • 転写
  • エピジェネティク

論文サマリー

 HMGボックス転写因子Sox9は哺乳類の軟骨発生に必須である。本研究では、初代軟骨細胞におけるSox9結合領域とクロマチン修飾状態の網羅的探索、及び遺伝子発現プロファイリングを通じて、軟骨細胞ゲノムにおけるSox9の作動様式の理解を目指した。

 マウス新生仔肋軟骨細胞においてSox9に対するクロマチン免疫沈降シーケンス(ChIP-seq)を行い、Sox9の結合領域として27,656箇所を同定した。そのうち、転写開始点近傍に存在するものをクラスI、それ以外をクラスIIと分類した。クラスI領域では、Sox9と基本転写装置の構成要素(RNA pol II・p300)の存在に相関が認められたが、Soxモチーフのエンリッチメントが認められなかった。また、クラスI領域の近傍には、ハウスキーピング遺伝子群が有意に存在し、Sox9の ChIP-seqシグナル強度はそれらの遺伝子の発現量を反映していた。以上から、Sox9は基本転写装置を介して転写開始点近傍へ結合し、細胞の基礎活動を制御する遺伝子の発現に関わると示唆された。

 一方、クラスII領域は軟骨関連遺伝子周辺に有意に認められ、活性型エンハンサーのヒストン修飾(H3K4me2・H3K27ac)と、Soxダイマーモチーフの有意なエンリッチメントを伴っていた。クラスII領域の一部は、スーパーエンハンサー(Cell 153:307, 2013)様のエンハンサークラスターを形成しており、その周辺の遺伝子は有意に高い発現量を示した。また、ゼブラフィッシュを用いたin vivoレポーターアッセイにおいて、クラスII領域の軟骨組織特異的エンハンサー活性が確認され、その活性はコピー数を増やすことで増強し、Soxダイマーモチーフへの変異により消失した。興味深いことに、クラスII領域に実際に存在するSoxダイマーモチーフはバリエーションに富んでいた。EMSAによる検討から、軟骨細胞ゲノム上で実際にSox9が結合するSoxダイマーモチーフは、最適化モチーフよりもSox9と弱く結合することが判明した。以上の結果から、Sox9ダイマーが準最適化・低親和性モチーフを介して複数のエンハンサー領域へ結合することで、軟骨関連遺伝子の高い発現量が維持されると考えられた。

 最後に、軟骨の由来の違いがSox9による転写機構に影響を与えるかを検証するために、マウス胎仔鼻中隔軟骨より採取した軟骨細胞においてSox9に対するChIP-seqと遺伝子発現プロファイリングを行い、肋軟骨のデータと比較した。Sox9のゲノムへの結合パターン、及び標的遺伝子は由来によらずほぼ同一であったが、少数の領域における結合の違いが認められ、これらの領域は各系統に特徴的な遺伝子と相関していた。

大庭 伸介

著者コメント

 Sox9の作動様式に関する従来の理解を、クロマチン状態との関係を含めてゲノムワイドに広げようと本研究を開始しました。一連のビッグデータとその一次解析結果の取得は本研究の終わりではなく、始まりでした。仮説の構築とそれを検証するための実験・解析の計画に多くの時間を費やすこととなりました。ビッグデータの単なる提示ではなく、俯瞰的視野から生物学的な意味へと繋げ、モデル化する醍醐味と難しさを学ぶ貴重な経験でした。
 Andrew P. McMahon研究室で、骨格系のChIP-seqプロジェクトの立ち上げに参加し、鄭雄一教授のご配慮のお陰で、帰国後も共同研究として継続させて頂きました。温かく見守りつつも貴重なご助言を下さったお二人の先生に、厚く御礼申し上げます。今後も、生体内で起こっている現象をできるだけありのままにとらえ、解釈することで、骨格形成過程の理解へ貢献できればと思っております。(東京大学大学院工学系研究科・大庭 伸介)